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2007年12月

2007年12月31日 (月)

ロウバイ

ロウバイが開花し、ほのかな匂いが漂っているとラジオから流れていた。

中国原産で、蝋細工のような形の梅に似た花をつけることから、「蝋梅」と名付けられたという。我が家の蠟梅も開花したが、匂いは感じられない。鼻が悪いのだろうか。

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取るに足らないことばかりを書き連ねてきましたが、ご支援有難うございました。

皆様よいお年をお迎えください。

2007年12月30日 (日)

しぐれ

いつもの時間より少し早めにウオーキングに出かける。陽が落ちると寒くなる気配を感じたからだ。家を出た時から、強めの西風が吹いていたが、丁度半分ほど歩いたとき、急にしぐれて雨が降り出し、ほんの一時的だが雨が雪に変わった。

昼食時、西日本各地で、平年より大分遅れ初雪を観測したとのニュースが流れていたが、その雪が強い西風に乗って飛んできたのだろう。

かつて長良川の上流地域で数年間過ごしたときの厳しい冬の生活を思い出した。現在はみかんの実る土地に住みながら、寒い寒いと言っている。

2007年12月29日 (土)

ふらつき

朝6時になると目覚まし時計の代わりにラジオが大きな音で鳴りだす。夏から秋にかけては、このラジオより先に目を覚ますのが常だが、日の出が遅くなるとラジオで目覚めることが多い。

起床を6時に決めているのは、ラジオ体操をするためだ。毎日が日曜日となって以来、ラジオ第1体操を日課と決め、毎朝体を動かしている。(第2体操は行っていない)

最近、体操中特につま先立ちになったとき、ふらつき、躓くことが多くなった。平衡感覚が衰えてきたためであろう。ウオーキング中、側溝など1直線に伸びているものを目印に歩くと、右に左にはみ出してしまうのも同じ理由かも知れない。

2007年12月28日 (金)

列柱道路

ヨルダンの首都アンマンの南に、ヨルダンでは珍しいキリスト教徒の町マダバがあり、町の教会の床にはパレスチナのモザイク地図が、約1cm角の多彩な石で描かれている。調査によりこのモザイクは、6世紀後半ビザンチン時代のもので、エルサレムの街並みを伝える最古のものと判明し、小さな町マダバが世界的に有名になった。

地図にはエルサレムの街が楕円形に描かれ(上の写真・中央やや下、中央右側)、北の端(楕円の左端)にある門から、南に2本の道路が列柱を抱えて延びている。

戦いで破壊されたエルサレムは、2世紀の中頃、ローマ皇帝ハドリアヌスによってローマ風に再建され、7世紀にイスラム軍によって支配されるまで、ローマ風の都市構造が維持され拡大を続けた。マダバのモザイクは、拡大した後のエルサレムだという。

写真は2004年暮れ、マダバを訪れたとき撮影した、モザイク地図とその教会の内部である。

約3年後エルサレムを訪れ、マダバのモザイク地図で見た列柱道路(「カルド」という)の極一部を復元したものを見た。大部分は現在住んでいる人たちの家の地下深くに眠っているらしい。両者を並べてみて、当時の様子をより身近に見ることができたと思う。Dsc_0041

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2007年12月27日 (木)

大掃除

朝から快晴に恵まれ、家の外回りの清掃には絶好となった。年末が迫りこれ以上延すこともできず、ガラス拭き・クモの巣取りなどを行う。

汚れがついて、「ここには間違いなくガラスがありますよ」と、誰が見ても分かる状態であった窓が明るくなり、正月を迎える準備が半歩進んだ。しかし、浴室など手つかずの所があって、明日以降も時間との戦いが継続する。

我が家は間もなく築30年になる古家のため、本気で大掃除をするとすればきりがない。そこで、その年の状況に合わせ、適宜納得して正月を迎えるようにしている。今年も何箇所かやり残しの部分が出るだろう。

2007年12月26日 (水)

簡略

山内一豊が妻に送った手紙、「火の用心・おせん泣かすな・馬肥やせ」は、簡潔明快な文章として知られている。

昨日愚息から届いたメールは、「2-4日に帰省の予定です」の1行。意味ははっきりしているが、これを簡潔と言えるだろうか?

もっとも、なにも来ないよりはましかも知れない。

2007年12月25日 (火)

絡んだ糸

約3000年前、イスラエルとペリシテがカナン(パレスチナ)を巡って激しく争い、少年ダビデが巨人ゴリアテを倒した話は、旧約聖書で有名である。やがてダビデはユダ族の王となった。

写真は、シオン山の古い建物1階にあるダビデの墓で、ユダヤ教徒が熱心にお祈りをしていた。この建物の2階には、キリストが最後の晩餐をとったという部屋がある。また、この1階・2階の各部屋には、イスラム教には欠かせない、メッカの方向を示すくぼみ(ミフラーブ)が壁に設けられている。つまり一つの建物にユダヤ教・キリスト教・イスラム教が同居していることになる。

この建物には当然階段が作られているが、現在は途中に鉄格子があり通行できない。1階から2階に行くには、一旦建物の外に出て外の階段を利用しなければならない。

この一つの建物が示す複雑に絡んだ糸の状況を、そのまま拡大したのがエルサレムの現状と言えるのではなかろうか。

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2007年12月24日 (月)

宝くじ

今年の年末ジャンボくじは販売が終了した。ジャンボと名のつくくじは殆ど毎回買っているが、当たったためしはない。当籤する確率は、どこで買っても同じと信じて、空いている売り場でいつも買っているからだろうか。

これまでに当籤したことがもしあったとすれば、今頃ブログは書いていなかったと思う。

東京の人気売り場、つまり当たりくじが多く出る売り場には、長い行列ができ一時間以上並ぶそうだ。このような記事を読んだりすると、多くの当籤者が出るのは売り上げが多いためだ、抽籤は公平に行われているとの確信が揺れてくる。

来年は並んでみようか。

2007年12月22日 (土)

家の近くに市立図書館があり、気分に任せて利用している。年末には正月休み用に何冊か借りているが、例年全部を読み終えることは少なかった。今年も数冊借りてきたが、完読できるか甚だ疑問である。特に孫が来たりすると借りたままの状態で返却する事態となる。

今年は11月にエルサレムを旅行したので、もう少しエルサレムのことを知りたいと思い、関係の本を図書館にリクエストした。

数日後図書館から、リクエストの本が用意できたと連絡が入り借りに行った。その本には、「○○市図書館蔵書」と、わが町から数十キロ離れた市の図書館のラベルが貼ってあった。このことから、蔵書を他の市町図書館との間で融通し合っていることを知った。

どんなことがあってもこの本だけは完読しなければ申し訳ないと思った。

2007年12月20日 (木)

歴史の重み

死海の北端にあるクムランという谷で、1947年遊牧民の少年が行方不明になった山羊を探していて、洞穴の中にある土器を偶然発見した。土器の中身は、文字がぎっしり書かれた羊皮紙であったが、やがてこれが紀元前2世紀に筆写されたイザヤ書(旧約聖書)の全巻であることが判明し、今世紀最大の考古学的発見として、センセーションを巻き起こした。

発掘によりこの洞穴からは8個の土器が発見され、さらにその後の踏査によって11の洞窟が発見されて、写本など600種の文書が確認された。これが「死海文書」と呼ばれるものである。僧院の跡や人びとが集団生活をしていた廃墟も見つかり、クムラン遺跡として整備されている。

写真は博物館に展示されている死海文書の一部だが、2200年も前に人が書いた文字とはとても思えない。

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2007年12月19日 (水)

どこに行った

昨日今日といつもの道を歩いた。ずっと左側に見える池には、11月下旬ころからユリカモメが姿を現し、日毎に数を増やして、昨日は最近見たこともない数になっていた。鳥たちは、殆んどが水際の柵に同じ方向を向いて一列に停まり、日向ぼっこをしていた。

この情景は絶好の被写体であったが、残念ながらカメラを持参していなかったので、チャンスを逃した。(写真は1月に撮影したもの)

どうしたことか今日は鳥の姿が殆ど見られなかった。もっと居心地のいい場所を求めて、集団移住をしたのだろう。この池も居心地は十分いいのではないかと思っていたのだが。

当初この野鳥の名前が分からなかったが、インターネットの写真で調べた結果、「ユリカモメ」ではないかと判定した。物知り博士教えてください。

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2007年12月17日 (月)

レッスン

友人のAさんは、1年ほど前パソコンを購入したが、使用頻度は高くなかったようだ。年賀状作りに当たって、相談の電話がきたので早速Aさん宅を訪問した。

写真を記録メディアからパソコンに取り込み保存する方法・ファイルの整理方法・ワード画面へ画像を挿入する方法など、基本的操作を含め相談に応じた。これらに費やした時間の方が、実際に年賀状を作成した時間より長かったように思う。

年賀状には見本があり、使用する素材や構図などは決まっていたので、要領が分かってからは手間取ることは無くなった。

類推するにパソコンを購入した多くの方が、パソコンの持っている能力のほんの一部しか利用していないのではないかと思う。私たちのパソコンクラブも、こうした方々のお役に立ちたいと願い、また、まだまだ活動の場が広がるものと期待を持って活動している。

2007年12月16日 (日)

年賀状 2

年賀状を印刷する。取り入れる写真の選択に手間取ったが、ようやく決断して印刷にこぎつけた。明日からは宛て名書きが待っている。

写真はイスラエル旅行時の1枚で、朝日に輝く「岩のドーム」を主体に、エルサレムの街を撮影したものである。

ご案内のとおり、エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラム教が生まれた地であり、各宗教の象徴である、「シナゴーグ」・「チャーチ」・「モスク」が1枚に収まった写真を探したが、適当なものが見つからず、希望は叶わなかった。

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2007年12月15日 (土)

みかん畑 2

快晴に恵まれ、みかん切りに再度挑戦する。急斜面での作業だったので、足腰に力が入り、今になって腰が痛い。

鈴なりの状態で黄色に実ったみかんは、濃い緑の葉とマッチして見事である。小鳥による食害が広範囲に拡大しているのに驚いた。周囲の畑の収穫が次第に進み、残っている畑が集中的に被害を受けたのだろう。今日切り残したところも、早く収穫しないとますます小鳥の餌食になってしまう。

豊作とは聞いていたが、余り沢山の実をつけ過ぎて、折れてしまった枝もあった。「身の程知らず」と言っても、みかんは私のせいではないと言うだろう。

2007年12月14日 (金)

年賀状

ラジオ番組で、「あなたは先行型ですかそれとも追い上げ型ですか」との質問があった。

何事でも切羽詰まらないと本格的に取り組まないのだから、この分類では当然追い上げ型である。しかし考えてみるとこれは正しい表現ではないと思う。なぜなら、追い上げることは追い上げるのだが、成功する確率が非常に少ない(少なかった)ためである。

年賀状を元日に配達してもらうため、賀状作りの期限が迫っている。賀状は旅行先で撮影した写真の中から、賀状にふさわしく、気に入ったものをプリントしてお届けすることにしているが、今年は海外に3回出かけ、毎回1000枚以上撮影してきたので、選択作業に難渋している。

例によって完成はそれこそぎりぎりになってしまうだろう。

2007年12月13日 (木)

騒動

入れ歯が出来上がったのは11月上旬だから、口の中に納まって約一ケ月が経過したことになる。午後その入れ歯で騒動が持ち上がった。

昼食後の歯磨きと入れ歯の清掃をしていて、誤って入れ歯を流しの排水口に落としてしまったのだ。平時排水口には濾し網が設置してあるが、清掃のため網は取り外してあり、流しに落ちた入れ歯はそのまま排水口を通ってしまったのである。

流し台の下に詰まっていた梅干しや調味料・空きビンなどを外に出し、排水パイプを調べたり、屋外に回って下水の清掃口を開いて点検したり、勢いよく水を流してみたり、と騒動が続いた。

努力のかいがあって現在入れ歯は口の中に納まっている。

2007年12月11日 (火)

温泉

数年前各地に出現した温泉同様、ボーリングにより誕生したいわゆる「おらが町の温泉」が、山間にある。久しぶりにこの温泉に行ったが、「うたたねの間」など新しい設備も増設され、相変わらず盛況で混雑していた。

朝から雨模様で部屋に閉じ込められていた・みかん切りの疲れが残っている・温泉は月曜日が清掃休日で、今日は休日明けなので汚れていない・家の浴室には暖房がなく、洗髪は暖房の効いた浴室でゆっくりしたいなどの点で、ねずみととらの意見が一致し決行となった。

これで皸も治るだろうと期待している。

2007年12月10日 (月)

みかん畑

知人のみかん畑で収穫作業があり手伝いに出かける。

今年は豊作で、1本の枝に驚くほど沢山の実が付き、味も例年より良いように思う。ぎこちない手つきで鋏を使っていると、姿は見えないがメジロの鳴き声が近くから聞こえてくる。1年かかっても食べきれないほどのごちそう前に、仲間と語り合っているようだ。近々殆んどが摘み取られてしまうことを知っているのだろうか。

小鳥に食べられ穴のあいた実が枝の上の方で見つかる。太陽の光を十分に受けて育った実の方が、美味しいことを知っているらしい。自然に触れ合った一日でした。

収穫したみかんは、首にぶら下げた袋に入れるが、収穫が進むと相当の重量になる。筋肉痛で回らなくなっている首が、明日の朝はどうなることか?

2007年12月 9日 (日)

例会

パソコンクラブの第47回例会が開かれた。当クラブは結成されて約2年が経過している。

今日は先週実行した写真撮影会の作品発表と、過日実施したデジカメ講座の復習があり、続いて以前から出ていた宿題「13日の金曜日」を、エクセルを使って抽出する方法についての解答の説明などがあった。

2年たってもクラブの歩みはおぼつかないものの、公民館のご協力と、会員の熱意で盛り上がってきている。今日が今年最後の例会となったが、更に来年は会員のレベルが確実にアップするよう、競い合うことを誓って解散した。

2007年12月 8日 (土)

新品

10月から11月にかけて、カメラメーカー各社から性能をアップした一眼レフカメラが発売になった。キャノンやニコンのフラッグシップ機は、一般向けではないと考えられるので対象外として、他は何れの機種もなかなか魅力的で、選定に迷うところである。

数年前から、ニコンD70を愛用し、レンズも何本か持っているので、D300に期待し興味も持っていたのだが、現時点では価格と重量の点で踏み切れないでいる。

肩が痛い首が回らないなどといいながら、更に重いものをぶら下げるのは負担である。しかし何より価格が問題で、負担が多すぎる。家庭菜園でせっせと野菜を作っても、とても追いつく額ではない。

2007年12月 7日 (金)

あかぎれ

数日前から右足のかかとが痛い。常時痛いのではなく、何かの拍子に痛みと痒みを感じるのである。いたがゆくなるのだ。

昨夜風呂に入ったとき調べたら、あかぎれができていた。風呂からあがりハンドクリームを良く擦り込んで寝た結果、今日は少しよさそうに思う。

あかぎれも老化現象の一つなのだろうが、かかとだけでなく足の指や手などに拡大すると厄介だ。良い予防法があれば教えていただきたい。

あかぎれではないが、子供の頃毎年必ず耳朶がしもやけになったことを思い出した。

ちなみに「あかぎれ」は「皸」と書くことを今日学んだ。

2007年12月 6日 (木)

根競べ2

青虫を丹念に探して50匹以上を捕まえ、これで良しと思った次の日、前日を超す虫が見つかり、青虫の生命力を思い知らされた感じがしたが、虫との根競べも漸くゴールが見えてきた。

日毎に虫の数が減り、また、虫の大きさが小さくなってきたからである。更に気温が下がってきたことで、虫の発生も減るとの読みもある。今日捕まえたのは15匹で、殆んどが1cm以下の大きさであった。

最近腰の痛みがひどくなってきた。虫捕り作業を中腰で続けたためである。これでは何のために野菜を作るのか分らない。

2007年12月 4日 (火)

着ぶくれ

季節風が強くなり、午後から雲が出て気温が下がった。下着・スポーツシャッツ・セーター・ベストと重ね着をしてウオーキングに出かける。いつもの道で下校途中の小学生とすれ違ったが、Tシャッツ1枚の子も混じっていた。とにかく子供は元気である。

コースを1周しながら見かけた多くのウオーカーも、同じように着込んでいるように見え、ひとまずホッとしながら帰宅した。

今年はインフルエンザの大流行が危惧されている。既に東京・北海道では例年にない数の患者が出ているという。過日会合でAさんと雑談をしたが、Aさんは毎朝乾布摩擦をして体を鍛えているそうだ。着ぶくれするだけではなく、Aさんを見習い積極的な風邪対策を心がけねばならないと思う。

2007年12月 3日 (月)

ギンナン

鍋物の季節になった。秋のころ、日課にしているウオーキングの途中、イチョウ並木の下で拾ってきたギンナンが重宝している。今夜のおでんにももちろん加えられた。殻を取るのが少々面倒ではあったが。

歩きながらイチョウを眺め、大分枝ぶりもよくなり茂ってきたと思っていたら、通り全ての木がバッサリ剪定されて、太い枝だけが残った状態になってしまった。

これで来年のギンナン拾いは絶望となった。少し寂しい気がする。

2007年12月 2日 (日)

野外実習

パソコンクラブの野外実習があった。野外実習とは大げさだが、デジカメを持参、撮影しながら公園の丘まで約2時間をかけて往復し、次回の例会に作品を披露しながら自慢話をしようというものである。

当初9月に予定したが雨のため延期となったもので、今日は幸い晴天に恵まれ、青空に映えるカエデやハゼの紅葉・イチョウの黄などが絶好の被写体となった。例会では甲乙付けがたい作品が披露されることだろう。

天候には恵まれたものの、今日は地域防災訓練日で、多くの方が訓練に参加したため、実習参加者は少なくなってしまった。しかし撮影には熱が入り、帰着時間が予定をオーバーしたことを考えると、この企画は成功であったと自画自賛している。

2007年12月 1日 (土)

根競べ

青虫が好んで食べる、キャベツ5本・ブロッコリー3本・カリフラワー3本が菜園で育っている。暫らく見回りを疎かにしていた間に、葉に大きな穴があいてしまった。

昨日・今日と時間をかけて丁寧に点検をした。昨日50匹余の青虫を捕まえたので、今日はいないだろうと思っていたが、今日も50匹を超えたので驚いてしまった。今日は朝から快晴で日中は気温も上がり、虫共も表面に出てきたところを見つかったのかもしれない。

明日は所用のため時間をかけての青虫探しはできないが、これだけ捕まえれば残っていても数は少ないだろうと思うは間違いだろうか。いつまで続くのか虫との根競べは。

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