« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

2008年9月29日 (月)

3P

「中東の3P遺跡」というのがある。ヨルダンのペトラ、シリアのパルミラ、イランのペルセポリスである。昨日の新聞にペトラの記事があり、数年前訪れたときのことを思い出しながら拝見した。

およそ2000年前、アラビア半島の砂漠の民、ナバテア人が築いたナバテア王国の首都がペトラである。キャラバンを組織して東西交易を広め、多くの富を蓄えた王国もその歴史は270年ほどでしかなかったといわれる。

シクと呼ばれる切り立った谷間を進んで行くと、突然、劇的に現れるのが写真のエル・カズネと呼ばれる廟である。私の下手な説明よりも「ペトラ」をキーワードに検索すると、豊富な写真を見ることができる。

Dsc_0245

2008年9月28日 (日)

花の色

花にはいろいろな色があって、季節毎に我々の目を楽しませてくれる。庭を見ていると、9月の花はブルーや紫の色が多いような気がする。キキョウ・セージ・アサガオ・ジュランタ・夏スミレ・などである。

花はチョウやハチを誘うため、目立つ色に多様化してきた。チョウは赤を好み、ハチは紫を好むのだそうだ。確かに見ていると上記の花にはチョウよりハチが多く来ているように思う。ハチなのかチョウなのか見分けがつかない虫も来ている。9月はハチが活発に活動する季節なのかもしれない。

白や黄色は特定の虫との結びつきは薄く、どんな虫でも歓迎と言っているわけで、春先の虫の少ない季節に咲く花に黄色が多い理由になっている。菜の花はその代表である。

2008年9月27日 (土)

持病?

不得手な季節が忍び寄ってきた。

気温が下がると足が冷えて中々眠れない状態になる。昨夜はそれだけが原因ではないが目が冴え、おかげで読み残しの新聞を読むことができた。通常冬季は風呂から出て足が冷え込まないうちにベッドにもぐり込むことにしている。

気温が下がると、また、足の付け根が痛み出す。今日の日中、畑仕事をしている間は汗ばむ状態であったし、温度計はまだ25℃となっているが、痛みが出た。いよいよ慢性化に近づいたのかも知れない。

2008年9月26日 (金)

失言

『「バカヤロウ」までは言うなと茂祖父』という川柳が新聞に載ったのは、麻生さんが自民党の総裁選に当選した翌日だったと記憶する。

こんな揶揄を受けながら発足したばかりの麻生内閣で、御大本人ではなく自身が任命した大臣に早くも失言が飛び出し、発言を取り消すとともにお詫びする事態が発生した。先を越されて麻生さんはどんな思いだろうか?

失言の多くは、常々考えていることがつい口を衝いて出てしまう現象、つまり本音なのかもしれない。それだけに、失言を取り消しても当人の考え方は変わっていないと見られても致し方ないだろう。

2008年9月25日 (木)

賞品

旅行会社のツアー説明会があり出かける。時節柄ヨーロッパのクリスマスを楽しむツアーなどが主体であったが、是非参加したいと心をくすぐるツアーは少なく、申し込みをする気持ちにはなれなかった。ツアーそのものに魅力を感じなかったし、燃料費の加算など旅行代金の値上がりも影響している。

この説明会では、ときに各国の民俗音楽の演奏会が催され、あるいは、各国の土産品を賞品とした抽選会が行われる。今日の抽選会で、とらはベルギー産のハンカチーフを貰った。たまたま先日、ベンチに置き忘れたハンカチが戻ったけれども、今後はますます置き忘れたり紛失したりすることが多いのではないか、との神のお恵みだろう。

「私は籤運が強い」ととらは自慢する。確かに商品を持って帰るのはいつもとらの方だ。

2008年9月24日 (水)

運動会

千葉県に住む1年生の孫の運動会を見に行き、久しぶりに童心に返り子供たちの真剣な競技と演技に感銘を受けた。また、記憶が定かではないが、60年前の運動会に比べ、プログラムの進行や運営に子供達(6年生)が多数参加していると感じた。紅白それぞれの組の応援合戦は堂に入ったもので面白かった。子供達だけのアイディなのだろうか?

午前中は運動会日和であったが、昼ごろから雲行きが怪しくなり、残念ながら雨模様となった。午後は、小雨の中で子供達が練習に励んできた演技のプログラムが進められ、午後に組まれていた孫達の玉入れは見ることができなかった。

熱心な父兄が多く、重なり合ってビデオやカメラを構える父兄の間に割り込み、子供達の写真を撮るのは困難であったが、高齢者の特権を得て孫の姿をデジカメに収めることができた。一所懸命走ったが、孫はトップからは大分離されてゴールした。日頃の行動などから判断してやむを得ない結果だろう。かくいう私自身もいつもびりだったのだから。

Dscn2925

Dscn2938

Dscn2949

Dscn2954

Dscn2961

2008年9月23日 (火)

野次馬

数日前久しぶりでバスを利用したら、「65歳以上100円、26日まで期間限定」の張り紙がしてあった。敬老の日にちなんだ処置で、乗車距離に関係なく100円とのことである。

早速メインの町までバスを利用し出かける相談がまとまった。何の目的もなく、強いていえば100円に釣られてバスに乗るいわば野次馬である。下車するとき確認したら平常料金は600円であった。

左側の座席に座り、ぼんやり外を眺めた1時間であったが、自分が運転しているときには到底見られない景色などを見ることができた。途中のバス停で、ベンチに座っていた女性が、尻に敷いていたハンカチを置き忘れたままバスに乗ったのをとらが目撃した。そして当人が自分も同じ過ちをしてきたことに気が付いた。

5時間後、帰りのバスを降りてから確認したら、ハンカチはバス停のベンチでとらの帰りを待っていた。風のない秋分の日の午後のことである。

2008年9月19日 (金)

開店

我が家から1km強のところにスーパーが開店した。ここには以前別のスーパーが営業していたが、うまく行かなかったらしく半年ほど前閉店した。今回別のスーパーが新たに開店したのである。栄枯盛衰競争の激しさを感じる。

最近ではどんな店でもカードが大流行りだが、この店でも特別のテーブルを出してカードの申し込みを受け付けていた。3日ほど前、仮受付をした時、次回は必ず○○と△△を持参して下さいと注意を受けていたのに、今日は△△忘れてしまい、結局家と店の間を自転車で2往復することになった。これはいつものご愛敬である。

夕方になって急に予定が変わり、今度は歩いて買い物に出かけた。スーパーの開店日だからと言って3往復もするとは思わなかった。いつもより少し多めのトレーニングをしたと考えて納得することにした。

2008年9月18日 (木)

クスコ

図書館で何か読み物はないかと書架を漁っていたら、「世界遺産の町 クスコで暮らす」という本が見つかった。ベッドに入って読むに丁度手頃な本なので借りてきた。

大体寝る前には新聞なり本なり、何かをベッドに持ち込む癖がある。長時間読むわけではなく、10分間か長くても20分もするとあくびが出てくるので、厚い本では借用期限までにとても読み終わらないのが常である。

クスコに行ったのはもう4年も前のことで、旅の記憶も薄れがちであるが、この本が思い出を甦らせてくれた。もっとも、たった1日の観光で街の表面を見ただけなのだから、ツアー旅行では見ることも触れることもできなかったクスコの表情を、この本が生き生きと描写してくれたというのが正しいだろう。

こうした読み物に出会うと、またどこか旅に出たくなる。

2008年9月17日 (水)

パソコン講座

街の郊外にある公民館を根城に、パソコン仲間がクラブを結成して間もなく3年になる。この公民館が主催するパソコン講座が計画された。当クラブが講師役を担当する。今回は、「パソコンの基礎」がテーマで、11名の方が受講を申し込まれ、明日を初日に5回シリーズである。

クラブ側としては開講の準備を十分整えた積りだが、いつも何かしらポカがあるし、どんなハプニングが起こるかも分からない。腹を据えて受講者ともども楽しく進める以外になかろうと思っている。

公民館に備えてある学習用パソコンのOSは98で、中にはビスタを携えての受講者もいて、非常にちぐはぐであることや、持ち込みのパソコンはインターネットに接続できないなど制約も多く、「基礎講座」としては欠陥を抱えての講座であり、どう取り組むか悩むところである。

2008年9月16日 (火)

桁違い

先週から自民党の総裁選びと、汚染米のニュースがトップを競っていたが、今日はリーマンブラザース破綻一色である。世界中で株が暴落し、ドルも急落した。金融不安・信用不安に歯止めがかからないという。

64兆円の資産規模を有する会社が破綻するとは、どういうことなのか理解に苦しむが、とにかく桁違いの内容であるのは事実だ。

こんなとき、年金生活者はどんな考えのもとにどんな行動をとればいいのか、誰も教えてはくれない。したがって、ただひたすら野菜を自給するため、汗を流して畑を耕すのみである。

2008年9月15日 (月)

棟上げ

食べ過ぎには注意をしているので、このところ暫く経験していなかったが、お赤飯の食べ過ぎで今夜は少し胃がもたれる。近くの身内が家を新築することになり、今日建前があってそのお祝いのお赤飯である。餅や赤飯は生来の好物であり、お祝い気分も手伝ってつい平らげてしまったのが災いしたようだ。

家であれ何であれ新たに物が作られ、完成するというのは楽しいことである。いつもそう思う。今日も仕事が進むのを長らく見ていたが飽きることがない。大工さんたちが一所懸命働いているのに、口を開けながら見上げている姿は様にはならない。とらに促されて帰宅の途についた。

2008年9月14日 (日)

ぼうじぼ

食休みをして少し遅めのウオークに出かけたが、生憎名月は雲に隠れたままであった。私の育った田舎では、十五夜の宵、藁を束ねて「ぼうじぼ」と呼ぶ筒を作り、そのぼうじぼで「ぼうじぼ当たれ、三角畑にソバ当たれ」と囃子ながら地面を叩き、隣近所を回ってお菓子などをせしめ楽しんだものである。

地面を叩くのは、農作物に害を及ぼす地中の害虫を追い出す意味があり、囃子言葉は、「豊作であれ、狭い畑でもソバが沢山実のれ」との願いを込めたものである。

地面を叩いたとき響きのよい音が出るよう、藁束の芯に里芋の茎を入れるなど工夫を凝らしたものだ。役目の済んだぼうじぼは、柿の木の枝に吊るした。多分これも柿の豊作を祈ってのことだろう。

そんな遥か昔の光景を思い浮かべながら、いつものルートに歩みを進めた。

2008年9月12日 (金)

長寿

100歳以上の人の数が去年より4000人弱増えて、36000人に達したという。社会や家族の邪魔にならない程度に、後期高齢者のレッテルなど気にすることなく、100歳目指して頑張ろうという気になる。

男性長寿世界1として、ギネスブックに認定されている田鍋さんの日課は、新聞を読むこと・日記を付けること・午後3時に牛乳200mlを飲むことだそうだ。何だ俺にもできそうだと思う方が多いと思うが、ギネスブックに認定してもらうのは、オリンピックで金メダルを取ることより難しい。しかし、誰でも挑戦することは自由だから、早速挑戦しては如何ですか。

2008年9月10日 (水)

慧眼

辞書で「慧眼」の意味を調べてみる。「物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。」とある。

突然の辞任で政権を投げ出し、「極めて異常」とか「無責任」とか、散々批判された福田総理だが、今日の新聞に「福田首相のけい眼」と題する小さな記事を見つけ、「慧眼」の意味を改めて調べてみなければならないと思ったのである。これまで漠然と頭の隅に残っていたとおり、この言葉は褒め言葉である。

つまりこの記事は辞任以来全く批判一辺倒であった新聞の中で異色であった。「福田首相は、日本経済が生き残る道、実現すべきビジョンとして、”低炭素社会の実現=二酸化炭素排出量の大幅な削減と、それを実現するための具体的方法論”を明確に示した」というのがこの記事の要旨である。

2008年9月 9日 (火)

話の泉

昔放送された「話の泉」というラジオ番組をご記憶の方も多いと思う。堀内敬三・サトウ ハチロー・渡辺信一郎ほかの解答者が蘊蓄を傾けたトーク番組で、彼らの知識の広さとユーモアに感心しながら聴いたことを覚えている。

調べてみるとこの番組は、1946年暮れから1964年春まで続いた長寿番組で、私が聴いたのは番組も後半に入ってからのもである。

NHKの宣伝をするわけではないが、「新 話の泉」という番組を最近は楽しんでいる。立川談志を家元に、数名の口達者がレギュラー出演して笑いを届けてくれる。

1度お聴きになっては如何がですか。

2008年9月 8日 (月)

検診

鬼達にとっての厄日は節分だと思うが、私にとっての厄日は年1回この時期にやってくる胃カメラ検診である。診察台に左を下に体を横たえ、数回の試行の末やっと飲み込んでほっとしたものの、検査が終わってカメラが引き出されるまでは長い長い時間であった。今でもつばを飲み込む時などのどが痛いのは、カメラが無理に通った時の後遺症だろう。

今日の所見では、熱いもの冷たいもの・辛いもの甘いもの・脂身や生野菜などなどを勝手に詰め込まれ、ときにはカメラで覗き見をされても胃袋君は文句も言わず、年相応の働きをしてくれているようなので安心した。

エコーの検査では前立腺肥大の診断。この1年ほど尿の出が意のままにならなくなったことは確かで、この診断には驚かなかったが、やはりガンになることはないだろうかという不安を消すことはできない。

2008年9月 7日 (日)

横断歩道

いつものウオーキングコースは、押しボタン式信号の横断歩道を通る。古希を迎え交通安全に敏感になったとらは、この横断歩道を渡るのに、車が近づいていないときでも必ずボタンを押し、信号が青にならないと渡らない。車が走っていないので、安全・確実にゆっくりした歩調で渡れる状況の時でも同様である。

遥かかなたに姿を見せていた車が丁度横断歩道に近づいたとき、信号が赤に変わって停止しなければならないことになる。車に意地悪をしているようにも思えるし、交通安全過敏症になっているのではないかと疑いたくもなる。しかし、理論的にはとらの意見は正しいのだから、いつもボタンを押し青に変わってから横断している。

とらの行動を観察した結果、安全を口実に信号待ちの時間を実は休息に充てていることが判明した。

2008年9月 6日 (土)

自由主義

「ルポ貧困大国アメリカ」(岩波新書)を読んだ。アメリカ国内での貧困層の拡大、自由経済が生み出す経済的難民、急増する医療無保険者など、アメリカの実情をルポした本である。

すさまじいアメリカの現状に触れ、これまで私が抱いていたアメリカ像が、大きく歪んだのは確かである。「民営化された戦争」とタイトルの付いた第5章は、イラクに派遣されている軍人と共に働く派遣社員のルポで、特に注意を引いた部分である。

アメリカ軍は、イラク国内の基地への武器・食糧の輸送、倉庫内業務、本国からくるVIPの警護など、後方支援活動としてのさまざまな現地業務を民間の会社に委託し、委託を受けた会社は人材派遣会社からの派遣社員によって業務を行う体系が確立している。しかも、人材派遣会社は世界中の貧困層をターゲットに安いコストで人を集め、戦争ではなく派遣というビジネスとしてイラクに人材を送り込み、多くの利益を得ているというのである。海の向こうの話とはいえなんとも納得のいかない内容である。

2008年9月 4日 (木)

旧友

かつて会社の同僚で同じ市内に住むAさんは、マージャンを得意とし、たまに仲間に入れてもらうといつもひどい目に遭ったものだ。退職後、Aさんの趣味は写真に変わった。

滅多に会うこともないが、春に公園の一角にある梅園で、お互いに三脚を担いでばったり出会って以来、今日久しぶりで出会う。公園の池に鬼バスを育てているコーナーがあり、Aさんがその鬼バスを狙っている脇を、ウオーク途中の私が通り掛ったのである。

Aさんは一段と腕を上げ、第53回静岡県写真展に入選(11日から15日まで展示会)、国土交通省が発行する来年のカレンダーにも、写真の採用が決定したことなど自慢話とともに、次に狙っている被写体が「赤ソバ」であることから、話は信州に跳んで尽きなかった。

2008年9月 3日 (水)

記録?

戦国時代の武将の日常を書いた本に、秀吉の側室は淀殿のほか16人いたと記されている。丁度そんな部分を読んでいたとき、今日の夕刊に86人の妻を持つ男性の記事が載った。

ナイジェリアに住む元教師で84歳のこの男、30年ぐらい前から結婚を繰り返し、現在妻86人、170人以上の子供に恵まれ、「みな幸せに暮らしている」と自慢しているそうだ。

イスラムでは4人まで妻を持つことが許されているが、裁判で82人と離婚するよう判決を受け、判決に同意して離婚したと報じられた。しかしその後、男の身内が発表したところによると、彼は「離婚しない。もっと結婚する」と息巻いているという。

86人の妻との生活とはどんなものなのだろう? 秀吉も形無しである。

2008年9月 2日 (火)

酒・タバコ

一昔前まで酒とタバコはセットになって嗜好品のトップであった。しかし昨今、タバコは悪の烙印を押され、喫煙者は全く肩身の狭い思いを強いられている。一方酒は「百薬の長」を旗印に大手を振って歩いている。

お酒は本当に「百薬の長」なのだろうか? 医学的に見て、適度な飲酒が死亡率の低下に幾分効果があるという程度のようだ。反面、昨年大きな社会問題となった飲酒運転を筆頭に、酒を飲んだうえでのトラブルは後を絶たない。功罪を考えれば、飲酒についても一定の制限が必要なのではないだろうか。

かくいう私は、過去に喫煙の経験を持っているが現在は喫煙しない。お酒に関しては、宴席も終盤になると眠気を催し、あくびを連発する失態を繰り返してきた。したがって、タバコの値段がどんなに上がっても、例えば「午後9時以降禁酒」の令が出たとしても苦痛はない。

2008年9月 1日 (月)

若返り

北京オリンピックでメダルを獲得した日本チームは、ベテラン選手の活躍が目立った。しかし、いろいろな分野で最近若手の台頭が目立っている。

将棋や碁の世界では、名人といえば30歳~40歳台であろうと思ってしまう。現時点で碁の名人は28歳であり、今度名人位を争うことになった挑戦者は弱冠19歳である。

碁の世界で3大タイトルと呼ばれる、名人・棋聖・本因坊について、タイトル獲得の最年少記録は、石田秀芳が71年に22歳で獲得した本因坊だそうだが、今回の名人戦で挑戦者がタイトルを獲得すると、この記録を3歳も更新することになる。

アメリカで行われている全米オープンテニスでも、18歳の錦織選手が世界ランキング4位の選手を破り、4回戦に進んで明るい話題を提供している。彼の略歴などを読むと、若い力が満ち溢れている感じがする。

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »