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2010年5月

2010年5月31日 (月)

ウオーキング

夕方にはところにより雨の予報が出ていて、いつもの時間にウオーキングができなくなることも考えられたので、昼前、少し離れたところにある銀行まで歩いて出かけた。結局、夕方になっても雨は降らず、夕食後 とら のお供でウオークに出かけたから、今日はいつものほぼ倍の距離を歩いたことになる。

たまたま夕刊に、運動と病気の記事があった。ドイツの医療機関が、56歳以上の高齢者、約3900人(平均年齢68歳)について次のような調査をした。ウオーキング・ハイキング・水泳・ガーデニングなどの運動を、1・全くしないグループ、2・1週間に3回未満のグループ、3・3回以上のグループに分け、ある時点から2年後の認知機能障害発症比率を調べた結果、1のグループは14%、2グループは6%、3グループは5%であった。

つまり、運動は認知機能障害の発症を抑える効果があるという結論である。今日は2倍も歩いたが、無駄ではなかったと一人納得した。

2010年5月30日 (日)

筋肉痛

このところ、畑と庭の除草作業が続いている。乾燥して土が硬くなり、草がなかなか抜けない。指に力を入れながら,引き抜き作業を続けたせいか、腕の筋肉が痛くなり、握力がなくなった。ボールペンを持って字を書こうとしても、力が入らず、字が歪んでしまう。そのうち箸を持つのも不自由になるのではないか、などと余計な考えが浮かんでくる。

字が書けないぐらいなら、なんとか我慢もできるだろうが、食べ物を口に運べなくなっては一大事だ。今日は、腕を回したり、意識して前後に強く振ったり、グー・パーを繰り返しながら、いつものコースを回ってきた。

体の変調について愚息に相談しても、「老化現象だね」と、いつも素っ気ない返事しか返ってこない。

2010年5月29日 (土)

1人暮らし

「ネズミにひかれる(ひかれそう)」という言葉がある。広辞苑によると、「家の中にたった一人で、淋しい様子のたとえ」と解説されている。昨日から とら は同級会に出かけ、まさしく ねずみ がネズミにひかれそうな状態だった。とら の郷里は関東の奥地なので、泊りがけの同級会である。

長いこと単身赴任を経験しているから困ることはないが、単身を免除されて数年がたち、2人での生活が染み付いているので、そんな感じを受けるのだろう。

今日に新聞は、1ページから4ページまで、沖縄関連の記事で埋まっている。我が国にとって沖縄問題は、最重要課題であることに違いはないので、それなりに新聞記事を丁寧に読んできた。しかし、如何せん最近の新聞は読む気がしなくなった。

2010年5月27日 (木)

美人の湯

「3大○○」をキーワードに検索すると、いろいろな3大○○が出てくる。日本3大美人県は、秋田・京都・石川だそうだ。3大美人の湯といえば、川中(群馬県)・龍神(和歌山県)・湯の川(島根県)である。美人湯のあるところ=美人県ではないから、これらの温泉に入れば美人になれるとは限らないようだ。

過日高野山を訪れた際、上記美人の湯の一つ龍神温泉に1泊した。風呂に入ると肌がスベスベして、きれいな肌になったように錯覚する。アルカリ性の泉質(炭酸水素塩泉)によると解説されている。

電車とバスを乗り継いでの旅で、紀伊田辺駅から龍神温泉(1泊)を経由して高野山まで、定期バスを利用した。驚いたことに、この定期バスは、始発バス停から終点まで、客はずっと我々2人だけ、全くの貸し切りバスであった。シーズンオフということもあるだろうが、この地区は全くの自家用車社会になっていた。

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お世話になった龍神温泉「美人亭」 山菜を中心とした料理、せせらぎと河鹿の声が記憶に残る

2010年5月26日 (水)

ホタル

最近、日中は暑いのでウオーキングは夕食後に出かける。今日は特に遅くなって、7時過ぎに出かけた。公園の周遊道路の中ほどに、「ホタルが飛んでいます」と看板が出ていたので、横道にそれ見に行った。

まだ飛び始めたばかりなので、ホタルの数より見に来た人の数の方が多かったけれども、しばし童心に帰った。思い返すと、昨年はホタルが育たず、看板も出なかった。短時間ながら、こうして童心に帰ることができるのも、関係者が冬の間から、幼虫を育ててくれたおかげと感謝しながら帰ってきた。

2010年5月25日 (火)

カボチャ

ここ数年、毎年カボチャを作り続けているがうまく行かない。今年こそはと、元肥をたっぷり入れ、丁寧に耕し、苗を2本買ってきて植えた。翌日には雨が降ったので、現在は葉も青々として植付けは成功したように見える。

さて、これから間違いなく実を付けさせるための参考にと、ネットで「カボチャの栽培法」を調べてみた。カボチャは元肥は不要で、逆に窒素が多いと花が落ちてしまい、着果しないと書いてある。もっと前に調べればよかったと反省しても後の祭り、当分はこのまま様子を見ることにした。

このような失敗は日常茶飯事であり、その都度反省を繰り返しながら70余年が過ぎた。

2010年5月24日 (月)

キジウチ

世の中には、一般の人がやってないことをせっせと実行している人がいるものだと、感心させられる。

山歩きをする人たちの隠語で「キジウチ」といえば、「のぐそ」つまり野外で糞をすることであるが、「キジウチ」を約36年間、蜂に刺され、蚊に刺され、風雨にさらされながら、毎日実行している人物の横顔が、今朝の「ひと」欄にでていて興味深く読んだ。

「自分のものは自分で責任を持つ」との信念から、庭や裏山に穴を掘って埋めもどすため、事後処理用の葉っぱと、小さなシャベルを手にした生活を続けているということである。

若かりし頃、ある山道で便意を模様したので横にそれ、ここならと思うところを探してキジウチをしていた。ところが山道はカーブが多い。その道も上に登ると、丁度キジウチの現場を見下ろせるところに回り込んでいたので、下山してきた人に見つかり、大変恥をかいたことを覚えている。

2010年5月23日 (日)

魁皇

夏場所は、白鵬が全勝で2連覇を達成し千秋楽となった。不甲斐無い大関陣と批判されながら、魁皇が通算勝ち相撲を1000に伸ばした。怪力という特技を、努力と結び付けてつかんだ記録で、心から拍手を贈りたい。

1972年の生まれだから、誕生日がくると38歳となり、力士としては限界だろうが、次の目標に向け記録に挑戦して欲しいと願っている。

力士としての通算勝ち星記録は、千代の富士の持つ1045勝、従ってあと45勝。また、大関在位場所の記録は、千代大海の持つ65場所、魁皇は59場所になったのであと6場所(1年)でいずれの記録とも並ぶ。

要はあと1年、大関としての活躍を期待している。

2010年5月21日 (金)

金星

気温が上がり畑の仕事も長く続けることが困難になった。畑で仲間のAさんが、スズメの死骸を見つけた。心配していたことが現実のものになってしまったようだ。ナメクジを退治するには別の方法を考える必要がある。

独裁政権を維持するため、国際ルールを無視し、国民を欺き、北朝鮮の行動はあきれるばかりだ。駄々っ子より始末が悪い。

金星探査機「あかつき」が、H2Aロケットによって打ち上げられた。これでH2Aは通算16回目の成功となった。「あかつき」は、金星に迫ることになるが、金星の素顔が見えるだろうか?

金星=明けの明星・宵の明星・Venus   直径12100km  自転の周期(地球時間で)243日  公転周期(地球時間で)225日 つまり1年より1日の方が長い

金星の大気は、CO2が96.5%を占め、温室効果の影響で表面温度は460℃にもなっている。

2010年5月20日 (木)

ナメクジ

世の中変わり者の多いこの頃だが、ナメクジをかわいいと思い愛玩する人はいないだろう。雨が降ると、我が家の郵便受けにはナメクジが入ってきて、配達された新聞や郵便物にくっついて、部屋に持ち込まれることがあり大騒ぎとなる。今朝も1匹、ノコノコと入ってきた。

窓の外を見ると、昨日からの雨で濡れた軒下のコンクリートを、ナメクジが這いまわっている。急いでナメクジ用の薬を撒く。ナメクジどもは、予想よりもはるかに速いスピードで薬に近づき、毒とも知らずに食らいついていた。

そのうちスズメが2羽飛んできて、薬を食べ始めたので急いで追い払った。最近スズメの数が急速に減っているといわれる。ナメクジの薬ぐらいでスズメが死ぬことはないと思うが、スズメに被害が及んでは大変だ。夕方畑に撒いた薬が、朝見ると完全になくなっているので、変だとは思っていたが、それもスズメの仕業かもしれない。

雨が上がり薄日が差したころ、ナメクジは姿を消していた。これから梅雨に入り、こんな光景が繰り返されることになる。

2010年5月19日 (水)

はやぶさ

朝作業衣に着替えて畑仕事を始めたら、雨が降り出したので家に戻った。雨はすぐに止んだが再度畑に出る気になれず、午前中からパソコンに向かうことになった。

最近2つの「はやぶさ」が話題となった。明るいニュースである。

その1 東北新幹線は12月4日から、新青森まで営業運転に入る。そして新たに国内最高速の「E5系」車輛が走る。当面時速300kmで運転し、2013年3月からは320kmにアップして、東京~新青森間を3時間5分で結ぶ。この新車輌の愛称が「はやぶさ」と決まった。

その2 2003年5月に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」が、約20億kmの宇宙の旅をなしとげ、小惑星「イトカワ」の観測データを携え、地球に帰ってくる。「はやぶさ」は、これまで行方不明になったり、エンジンが故障したりして関係者を何度もやきもきさせた。長い旅で部品が次々に壊れ、何度も絶望的な状況になりながら、残った装置を活用して危機を乗り越え、担当者も奇跡的だと驚いているという。

2010年5月18日 (火)

三鈷杵

弘法大師が真言密教の道場として高野山を選んだことに関し、以下のような伝承がある。

弘法大師は806年、唐での修業を終え帰国する際、師である恵果和尚から密教仏具の一種、「三鈷杵」を贈られた。弘法大師は帰国の途中船の上から、「密教を広めるのにふさわしい、伽藍の建立地を教えて欲しい」と願って、その三鈷杵を東の空に向かって投げたという。

帰国後、その三鈷杵が高野山の松の木に掛かっていることが分かり、その地に伽藍の建立が始まったというのである。

弘法大師の御影像を安置した「御影堂」と呼ばれる堂の前に、「三鈷の松」がある。この松こそ三鈷杵が掛かっていた松で、現在のものは7代目だそうだ。また、アカマツなど多くのマツは松葉が2本であるが、この三鈷の松には3本の松葉が混じっているという。

今回の旅行では、残念ながらうっかりして、3本の松葉を確認してくるのを忘れてしまった。

2010年5月17日 (月)

精進料理

夕張メロンの今年の初市が行われ、2個で300万円の値がついたという。景気のいい話で、どのような人物の胃袋にこのメロンは納まるのだろうか?

さて、高野山では、総持院というお寺の宿坊に泊まった。外観はお寺であり、翌朝6時からお勤めがあって参加を勧められるけれども、宿泊設備は一般の旅館と変わらない。お膳に乗った料理を部屋に運んでくれるし、布団の用意・片付けもしてくれる。違いは精進料理であることと、世話をしてくれる人が若い見習いのお坊さん(男性)ということだ。担当の僧はこの寺に入って8年目とか。

精進料理なるものを初めて口にした。予想以上に満腹となったが、若い僧の話の通り次の朝には空腹感があった。精進料理とはそんなものらしい。

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総持院の門前 立派な構えだ

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庭にある白藤 樹齢1000年とか 高齢化のためか今年は花が少ないようだ

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裏庭 さすがに手入れが行き届いている

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次々に運ばれてきた料理

2010年5月16日 (日)

高野山2

高野山は、全国真言宗寺院約3600ヶ寺の総本山として、高野山金剛峯寺を中心に広がる一山の総称で、空海(弘法大師)が命名した。現在、「壇上伽藍」と呼ばれている地域に、816年、空海が伽藍の建設に着手し、空海の没後877年ごろに根本大塔が完成して、伽藍の体裁がほぼ整ったといわれる。

豊臣秀吉が母大政所を弔うため、1593年に建立した、学問を主とする僧侶集団の青巌寺と、寺院の実務を担当した僧侶集団の興山寺とが、1869年に合併して金剛峯寺が生まれ、青巌寺の本殿が金剛峯寺の大主殿となった。

1872年、女人禁制が解かれるまで山内は女人禁制が続き、高野七口と呼ばれる7ヶ所の街道入り口には、女人堂と呼ばれる、諸国から参詣に来た女性の宿泊施設が、それぞれ設けられていた。

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一心院谷女人堂 特にこの一心院谷女人堂は宿泊者が多く、宿泊する女性の食事は、山内の寺院が輪番で用意した

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3代将軍家光の命で、1643年完成した徳川家零台のうち、家康をまつり薬師如来を安置した薬師堂

2010年5月15日 (土)

高野山

海外の世界遺産だけでなく、国内の世界遺産でもまだ訪れていないところが多いので、体の動く今のうちに巡っておこうと年初に話をした。まず、1月末に姫路城を観光し、今回高野山に出かけた。

気温が下がるとの予報が出ていたので、薄手のセーターなどを用意して防寒に備えたつもりであったが、標高約900mの高野山では予想以上に冷え込んだ。宿坊では朝のお勤めがあり、持参した衣類を全部着込んで参加したものの、忍耐の1時間半であった。

もとより信仰心は薄く、早くお勤めが終わらないかと思うようでは、何をお願いしても御利益があろうはずはない。

丁度シャクナゲが満開、カエデなどの黄緑の若葉とともに絶好の被写体を提供してくれたが、満足のいく写真は撮れなかった。

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女人堂前、高野山の入り口

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金剛三昧院の境内 シャクナゲが見事

2010年5月 8日 (土)

国勢調査

日本では今年国勢調査が行われる。インドでも4月1日から国勢調査が始まり、丁度1年後に、結果が発表されるという。

インドでの前回調査時の人口は、10億3000万人であり、現時点では12億人に近いと推定され、このペースだと21年の調査時には、中国を抜いて世界1になるのではないかとみられている。

01年の調査では、カップルの総数が2億7000万組、その内、子供が7人以上のカップルは2300万組、5人以上が2400万組だった。中流以上の富裕層では、子供の数が2人なのに対し、貧困層では産児制限をしないカップルが多く、孫のいる女性でさえ出産することがある。こうした貧困層を中心とした人口の増加は、格差問題をますます深刻化させているといわれている。

急速に少子高齢化が進む日本とは好対照をなしているが、急増・急減どちらにしても、程度が過ぎれば歪みも大きくなるということであろう。

2010年5月 7日 (金)

鳳来寺山

「仏法僧仏法僧となく鳥の 声をまねつつ飲める酒かも」 若山牧水の歌だ。 「ブッポーソー」。この声の主はコノハズクで、コノハズクの鳴く霊山として、鳳来寺山は有名となった。

山中、スギの古木に囲まれた鳳来寺は、大宝3年(703年)に開かれた真言宗の古刹である。すがすがしい若葉のにおう昨日、この山を訪れた。連休明け直後というタイミングのためか、参拝者・観光客の姿はほとんど見られず、閑古鳥が鳴いていた。茶店・旅館・土産物屋などの並ぶ門前は、看板だけがただ虚しく立っているように見えた。

今ではスカイラインが開通して車で登ることができるが、あえて門前の駐車場に車を止め、1425段の階段を、1時間かけて登ったおかげで、昨夜は熟睡できた。

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駐車場から500mほど進むといよいよ階段にかかる

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階段は延々と続き、途中からは勾配が急になる

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仁王門では、仁王様が登山者を見はっている

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本堂 意外に新しく見える  近年建て替えられたのであろう

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日光・久能山とならぶ三東照宮のひとつ 東照宮

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「傘すぎ」と呼ばれるスギの古木 樹齢約800年

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山頭火の句碑

2010年5月 6日 (木)

建設的意見を

内橋克人さんが、朝のラジオで新聞を批判していた。

昨年の総選挙で、国民は疲弊していた自民党に代わり、民主党政権を誕生させた。しかし、新聞は揃って新政権の欠点や失政だけを取り上げ、現政権を引きずり下ろすことだを考えているように見える、というのがそのポイントであった。そしてまた、ジャーナリズムは、言論の自由を主張しながら、自身の社内に言論の自由がないのではないか、つまり主張が全く統一されていると、疑問を投げかけている。

報道は、政権交代が行われたことによって達成できた政策など、プラスの面を取り上げて報道すべきだと、私も常々考えていた。取り上げたくても何も取り上げるものがないというなら、ただ批判するだけでなく、現政権が取り組むべき課題について、建設的な意見を分かりやすい形で、訴えることが必要であり使命だと思う。

2010年5月 5日 (水)

植付け

明日から雨の予報が出ていたので、夏野菜の苗を植える。仲間のAさんも今日だったし、苗屋さんの店頭は大変な混雑で、誰も考えることは同じだと思いながら、レジに並んだ。

例年収穫が始まると食べきれず、近所の皆さんに応援をお願いしているので、今年は本数を減らし、苗の間隔を広くしたりして畑に余裕を持たせることにした。そうすることで、収獲の期間が長くなるのではないか、と考えたりしているがどうだろうか。

これから、水やり・雑草取り・ナメクジ対策・からすとの知恵比べ・・・・・と続くけれども、楽しみでもある。

2010年5月 3日 (月)

連休の日課

GWは後半に入り、高速道路の上り線の混雑が始まったと伝えている。

昨日は晴天の下、畑で汗を流し、午後は「八十八夜コンサート」なるものを聴きに行った。老舗のお茶屋さんの倉庫が会場で、舞台はお茶箱を並べたもの、客用の椅子もお茶箱である。「昔はこのような茶箱を使ったが、冷蔵庫が発達した現在では使わないのだろう」、などと話をしながら とらと演奏を聴いた。ピアノとヴァイオリンの演奏で、懐かしい日本の歌とおなじみのクラシックである。気楽な楽しいひと時で、こうした時間は月1ぐらいあってもよいと思う。

雨のため遅れていた畑仕事も、午前中でようやく一段落した。昼寝の後ウオーキングに出かける。今年のフジは花の色がくすんで見える。これも長雨の影響ではなかろうか。しかし、フジまつりは最高潮だ。遊歩道は大変混雑し、同じ方向に進む人たちを追い越すにも、また、向こうから手をつないで歩んでくる家族を避けるにも、ジグザグ行進を強いられた今日のウオークだあった。

2010年5月 2日 (日)

口は禍の門

「口は禍の門」という。ものを言うときは、ことばに気をつけないと、思わぬ災難をまねくことがあるので、ことばをつつしめという戒めである。

鳩山内閣同様、人気急落中のイギリスのブラウン首相は、自分の付けていたピンマイクを恨んでいるに違いない。選挙の遊説中、一女性と笑顔で応じながら話を終えたあと、車に乗り込み一人になるや、「頑迷な女だ」などとその女性を非難し、毒づいた言葉が、外し忘れたピンマイクを通じて外部に流れてしまい、状況は一段と悪化しているとのことである。

「選挙中の政治家が犯した、イギリス史上最悪の失言」とまで言われているらしい。「口は禍の門」である。

2010年5月 1日 (土)

官房機密費

1998年から99年にかけて、小渕内閣の官房長官を務めた野中さんが、当時の官房機密費について、「毎月5000万円~7000万円使っていた」と暴露した記事を読む。

野党工作のため国会対策委員長に500万円/月、参議院幹事長にも500万円/月程度渡し、評論家や野党議員にも配っていたという。

政治家から評論家になった人が、「家を新築したので3000万円祝いをくれ」とか、野党議員が「北朝鮮に行くから挨拶に行きたい」(旅費が欲しい)、などの電話があったというのだ。

当事者の発言だから間違いはない。国民の税金を何だと思っているのだろう。断じて許されないことだ。この機密費は鳩山内閣でもつかわれている。

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