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2012年9月

2012年9月30日 (日)

ルート図

旅行中に入手した地図をもとに、改めて今回の旅のルート図を作った。

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北京から国内線でウルムチへ、ウルムチからクチャへは天山山脈を越える。そしてクチャからはいよいよタクラマカン砂漠縦断のバスの旅となる。20数人乗りの中型バスで、座席は十分に余裕があったけれども、4日間、2200kmを委ねるには頼りない感じもした。「登り道では、エアコンを強にするとエンジンの負担が大き過ぎるので、エアコンを止めます。暑いのを我慢してください。」などと断りがあったりした。

途中で何度か給油をする。スタンドの表示では、1リットル7.41元(約100円)とあり、決して安くはない。バスに乗っていてときどき何か警報音が聞こえる。初めは何の音か解らなかったが、そのうち「ねずみとり」(スピード違反の取り締まり)をしていることを知らせる音であることが解った。街の郊外に近づくとその警報音が鳴ったし、運転手は必ずブレーキを踏んだ。中国でもスピード違反の罰則は厳しいらしい。

クチャから乗り込んだこのバス、ホータンにあるバス会社のバスで、クチャまで我々を迎えに来る行程から、我々のバスの旅がカシュガルで終わり更にバスがホータンに戻るまで、1人の運転手が運転を続けた。日本なら「○○法」違反で業務停止となるところだろう。

中国では車が急速に普及している。しかし、低所得層や女性の間ではバイクが全盛だ。しかもこのバイク、電動式が多くスーッと音もなく走ってくるので注意が必要だ。バイクの充電は自宅で行う。例えば、マンションの5階に住む住人は、5階の窓から地面まで電線をぶら下げ充電するのだそうだ。

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天山山脈の上空を飛ぶ

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ずっと案内してくれたバス

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早朝のカシュガル 多くのバイクが行き交っている

2012年9月29日 (土)

ウルムチ

空路、新疆ウイグル地区への主な入り口はウルムチで、市の南部には天山山脈が連なり、世界で最も海から遠い都市とされている。ウルムチという言葉は、「美しい牧場」とか「ブドウの森」を意味する語から転訛したといわれ、天山北路に面した遊牧民の牧草地であった。新疆の中心都市だけあって最近急速に発展し、ホテルの窓からは高層ビルの林立している姿が見える。ちなみに宿泊したホテルの部屋は31階であった。市の総人口は約250万人といわれる。

ウルムチでは紅山公園と新疆ウイグル自治区博物館を観光し、バザールに立ち寄った。紅山公園は市の中心部にあり標高910mの小高い丘で、市街を見渡すことができる。かつては緑の無い岩山であったが、市民が協力して年々植林を進め、公園に造り上げたのだそうだ。清の時代の政治家「林則徐」の像が建っている。

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ホテル31階の窓から見た早朝の市街

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紅山公園からの風景 高速道路とビル群

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公園内の広場で行われていたイベント(民族舞踊らしい)の準備風景

博物館の観光は、ツアー最終日に行った。年間降雨量が260mmというウルムチで、当日は珍しく雨であった。雨が少ないためウルムチでは、晴れ女・晴れ男は歓迎されないらしい。観光の時間が十分あったのでゆっくり館内を見て回ったが、何といっても目玉は「ミイラ」であろう。少し気持ちは悪いけれど。

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珍しく本格的な雨の朝、博物館に向かうバスから。

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日本にも来たことのある「ローランの美女」

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筋骨がたくましい男性のミイラ

2012年9月28日 (金)

タクラマカン砂漠 4

中国の地方行政は、22の省・4直轄市(北京・天津・上海・重慶)・5民族自治区(新疆ウイグル・内モンゴル・チベット・広西チワン族・寧夏回族)から成っている。タクラマカン砂漠は、新疆ウイグル自治区に広がる。

新疆ウイグル自治区は中国の最西部に位置し、面積は中国の省・自治区で最大の166万k㎡を有し、中国全土の約1/6を占める。(日本国土の約4.5倍) 首府はウルムチ、人口は1963万人で、ウイグル族・漢民族・カザフ族・回族・キルギス族・モンゴル族など、少数民族の多くが住んでいる。2009年にはウイグル族と漢民族の対立が激化し、ウイグル騒乱が発生している。

「新疆」の「疆」という字を漢和辞典で調べてみると、1.さかい。 2.土地や領土の境界。 とある。古くは「辺疆」と表記したが今は「辺境」書きかえられたとも。スルーガイドの馬さんからこの字を覚えるヒントを教わった。つまりこの字は、「力の強い者(弓編の中に土)が、北部のアルタイ山脈(上の横棒)・中部の天山山脈(中の横棒)・南部の崑崙山脈(下の横棒)によって挟まれた『田』(耕地や住民)を治めている姿」だという。

2012年9月27日 (木)

タクラマカン砂漠 3

タクラマカン砂漠縦断の旅は羽田空港から始まった。出国手続きなどに合わせ両替をする。取りあえず600元の両替をしたが、8328円であった。(1元=13.88円である)

予定より約1時間遅れて、14時30分、CA182便は羽田を離陸北京に向かう。客室は中国人が多く満室。隣の席は学生風の中国人で、父親が筑波大に勤務している関係で来日し、帰国するところとの説明であった。もっと沢山話をしたかったけれども、日本語の良く話せない相手と、英語の話せない私とでは、スムースな会話ができなかった。

北京空港で、19時45分発CA1295便、ウルムチ行きに乗り換え、ウルムチへは予定より少し早く23時30分に到着する。けれどもウルムチのホテルに到着したのは、日付が変わった16日の午前2時近く、従ってベッドにもぐりこんだのは3時を過ぎていた。日本と中国の時差は1時間なので、日本時間では4時。日本で早起きの人は起き出す時間である。

旅のしおり(日程表)に記載されている飛行時間は、羽田~北京間が3時間40分、北京~ウルムチ間が4時間10分となっている。飛行機の大きさにもよるのだろうが、国際線より国内線の方が時間が掛かる。それだけ中国は広いということだ。

2012年9月26日 (水)

タクラマカン砂漠 2

タクラマカン砂漠縦断 あれこれ

参加者: ツアーに参加したのは11人であったけれど、ペアで参加したのは1組だけ、他はみな個人参加である。広い中国の西の端、しかも、サハラ砂漠に次ぐ世界第2の面積のタクラマカン砂漠を、バスで縦断するような旅に、夫婦で参加するのは少数派なのだ。11人の内男性は4人だけ、添乗員も女性で添乗員を加えると2/3が女性である。最近ツアーに参加して「私が最高齢かな?」と思うことが多い。今回は3番目であり、元気な年寄りが多いことが証明された。

地図: 10年ほど前中国を訪れたときは、観光した地方の地図を入手したくても売っていなかった。今回本屋さんの店頭に、「新疆ウイグル自治区」の地図が、勿論中国語版だけれどもあったので買う。8元であった。(1元=約13円)

検問: ケリヤに宿泊した翌朝は、深夜ホテルに警察が来たことが話題となった。幸い私は検問を受けなかったけれども、グループ内の男女1名ずつが、部屋に入ってきた警官によって、パスポートやスーツケースなどの取り調べを受けた。これはやはり尖閣の影響だろうとの結論になった。帰宅後ブログを見ていたとき、数年前に書かれたブログにも、深夜同様の検問を受けた記事があった。この地区では以前からこのような検問があったようだ。

ガイド: 今回のツアーのスルーガイドは「馬」さん。50歳台で、ウルムチに奥さんと子供2人の家庭を持ち、イスラム教徒(回族)である。そこそこ日本語を話し、親切・熱心にガイドしてくれた。やはり政治的話題については、避けたいような様子が見えた。カシュガルの若い女性の現地ガイドは、大学で日本語を学びガイドになったものの、仕事は減る一方、尖閣問題から日本人客が更に減ってしまうと嘆いていた。カシュガルには現在日本人は住んでいないそうだ。

2012年9月25日 (火)

タクラマカン砂漠

「タクラマカン砂漠縦断ハイライト」と題するツアーに参加した。このツアーの概要は次のようなものである。

  • 日 程:2012・9・15(土)~9・23(日)
  • 参加者:11名
  • 主な内容

  1. 15日  羽田⇒CA182便 北京(乗継)⇒CA1295便 ウルムチ着(泊)
  2. 16日  ウルムチ市内 紅山公園観光後  ウルムチ⇒CZ6877便 クチャ着(泊)
         クチャ近郊観光 キジル千仏洞・クズルガハ千仏洞・クズルガハ烽火台・ウイグル族民家にて夕食
  3. 17日  クチャ⇒バス ケリヤ着(840km)(泊) シシカバブの夕食
  4. 18日  ケリヤ⇒バス ホータン着(泊)
         ホータン近郊観光 マリクワト古城遺跡・シルク工房・絨緞工房・ラクダ乗り・バザール
  5. 19日  ホータン⇒バス ヤルカンド⇒バス カシュガル着(510km)(泊)
         
    途中ヤルカンド観光 莎車王陵・アマニシャーハンの墓
  6. 20日  カシュガル⇒バス カラクリ湖 カシュガル(往復400km)(泊)
         
    当ツアーの目玉カラクリ湖(海抜3600m)観光
  7. 21日  カシュガル市内観光 エイティガールモスク・職人街・香妃の墓・バザール
         カシュガル⇒CA1478便 ウルムチ着  しゃぶしゃぶの夕食(泊)
  8. 22日  ウルムチ市内観光 新疆ウイグル自治区博物館・バザール(スーパー)
         ウルムチ⇒CA1298便 北京着(泊)
  9. 23日  北京⇒CA181便 羽田着

出発日が近づくとともに日中関係が一段と悪化、一抹の不安を抱きながらの出発となった。幸い現地でデモなどに遭遇することはなかったのもの、添乗員からは街の散策を控えるよう要請があったり、通常バスの前に掲げられる、日本の観光客であることを示す案内板が取り外されたりと、緊張が高まり、自由が幾分か束縛された旅行となったのは残念であった。

2012年9月24日 (月)

砂漠の旅

砂漠の旅に出て9日間、日本を離れていた間に秋が深まった。「暑さ寒さも彼岸まで」の教えが生きている。

今年は野菜の種蒔など早め早めに進めるよう心掛け、出発前にダイコンの種を蒔いた。帰国して早速畑を見回ると、ダイコンの芽は茎だけを残して葉はきれいの虫に食べられていた。予想もしなかった事態で、蒔き直しが必要だ。

初めて作ったラッカセイは、出発前子房柄が土に潜り込んでいた。このラッカセイに、留守中畑仲間の誰かが防鳥網を掛けてくれた。カラスが荒らしているのを見て掛けてくれたのだ。大変有難く思う。

瀬戸川の土手には彼岸花が咲き始めた。秋分の日が過ぎてこの程度だから、今年は開花が遅れているようだ。

千歳商店街はアーケードの撤去を進めていたが、1部を除いてほぼ撤去は終わった。シャッター通りに変わりはないけれど、街全体が明るくなった。撤去をきっかけに街の活気が戻ればと思う。

2012年9月15日 (土)

内部告発

アメリカでは脱税を防ぐため内部告発に対する報奨制度があるという。内部告発がきっかけとなって脱税が回収された場合、回収額の最大30%が告発者に報奨金として支払われる制度だそうだ。

スイスの大手銀行 UBSを舞台にした脱税事件を巡り、アメリカ政府が情報提供者(内部告発者)に対し、1億400万$(約80億円)を支払ったことを歳入庁が明らかにした。報奨金を受け取ったのは、UBSを05年に退職したブラッドリー氏。氏は退職した直後から米当局に、UBSの脱税の具体的な手法などの情報を提供し続けた。

この脱税事件で、UBSは顧客の脱税を手助けしたとしてアメリカ政府に提訴され、09年に7億8千万$の制裁金を支払って和解、脱税した顧客からは約50億$を徴収できたという。

日本でも同様の制度があるのかどうか分からないけれども、さすがアメリカという感じがする。ゲスの勘ぐりだが、氏は行員当時どれ位の報酬を得ていたのだろうか?

2012年9月14日 (金)

鉄人

「鉄人」・「アニキ」の引退発表に触れて、新聞は次のように書いている。

「球史に名を残す鉄人も、最初は期待の大きい選手ではなかった。1991年秋のドラフトで広島が4位で指名、球界入りをした。当時は一般的でなかったウエートトレーニングに着手して体を鍛え、練習につぐ練習で体と技術を磨いた。

2004年7月29日、左手首に死球を受け骨折したにもかかわらず、翌日も出場して2本のヒットを飛ばした。「今日1日しか球場に来られない人がいる。だから、痛いからといってすぐに休むのはプロとしてどうかと思う」。そんな信念の積み重ねが、連続試合フルイニング出場:1492試合、連続イニング出場:13686イニングの両世界記録を生み出した。」(1999年7月21日~2010年4月18日)

爪の垢でもいただいていれば、私の人生ももう少し変わったものになっていたことだろう。

2012年9月13日 (木)

シルクロード

イラン航空の現役機長が、去年の10月、37年前に購入したボーイング727型機に乗務し、モスクワからテヘランに向かった折、テヘラン空港で前の車輪が出なくなり、止むなく胴体着陸をした。このパイロットは自身のホームページで、この事故の原因は機体の老朽化によるもので、アメリカによる経済制裁のため、新しい機体の購入や修理部品の調達が難しいためと訴えているという。

2008年11月、イランを旅した際も同様の理由で直行便を飛ばしているイラン航空は使えず、カタール航空を利用し、ドーハ経由となった。

いろんなトラブルに見舞われながらも、旅は止められない。インドを旅して1年半が経過し、旅の虫が動き出した。とらと相談の結果シルクロードに向かうことになった。尖閣諸島問題から中国との関係は穏やかではないし、現地の情勢がどんなことか気懸りではあるけれど、近日中に出かける。

2012年9月12日 (水)

巨峰

裏庭の巨峰がまたも何者かに荒らされた。珍しく早起きをしたとらが外に出て発見した。今年は少数精鋭を狙って6房だけを残して摘果し、秋の収穫を楽しみにしてきた。6房の内2房が8月に荒らされ、昨夜また2房が食べられた。犯人はわからない。前回のときはカラスだろうと思ったが、今回の状況からすると、何か小動物のような気がする。

腹を立ててみても今更どうしようもない。来年は最初から小動物対策をしなければ、などと性懲りもなく来年のことを考えている。

今日は雨を期待して、ダイコン・カブの種を蒔いたけれども雨は降らず、この少雨の状態では水やりを覚悟しなければならない。

2012年9月11日 (火)

高血圧

テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・・・・・何れのメディアもにも、病気や健康に関する番組・記事があふれている。こうした番組や記事にはほとんど興味はなかったけれど、最近はテーマによって真面目に聴いたり読んだりするようになった。それだけ歳をとったということだろう。

幸い私は高血圧には無縁であるが、とらは高めである。今日、次のような記事(要訳)があった。

「高血圧には、ギュウギュウ型とパンパン型がある。ギュウギュウ型は、血管が狭くなって血圧が高まるタイプで、水が流れるホースをぎゅーっと絞るような状態になるものであり、血管を収縮させる物質が働いて起きる。治療には血管を広げる作用のある薬が使われる。

パンパン型は、血管内の水の量が増えて血管の圧力が増すタイプ。塩分が濃くなった血液を水で薄めようとして起きる。日本人の高齢者は、パンパン型が多い。従って、水分を体外に出す利尿剤が向く。型に合った薬を飲むことが大切である。」

2012年9月10日 (月)

キーンドナルドさん

「日本人キーンドナルド 90歳を生きる」という番組の紹介記事を読む。昨夜,BS-TBSで放送されたそうだ。わが家ではBSが受信できないので、残念ながら番組は見られなかったけれど、もし受信が可能ならきっとこの番組を見たことだろう。

記事によると、番組の見どころは、キーン氏が尋問官を務めていた、ハワイの日本人捕虜収容所で出会った、元日本陸軍軍医の男性(100歳を迎えた)と再会した場面という。多分時空を超えて話が弾んだことだろう。また、キーン氏は常に好奇心が旺盛で、精力的に行動し、出会いを楽しみ、「生涯1番よいときは現在です」と繰り返し語っているという。

パソコンクラブの最長老から、過日、元気の秘訣について話を聴いた折、元気の秘訣は常に「好奇心・ curiosity」を持つことと伺った。そのことがキーンさんによって裏付けられたように思う。

2012年9月 9日 (日)

クラブ例会

パソコンクラブの例会がある。残暑も厳しく、出席者が少ないのではと危惧していたが、予想に反し満室の盛況であった。ささやかなクラブ活動ではあるけれども、着実に出席者が増え、ときには今日のように満室になって、活気も1段と高まってきた。

オリンピックで女性が大活躍したように、ここでも女性の比率が高まりつつある。今日も出席者の約半数が女性である。パソコンの操作法を会得するのに、女性の方が多少時間がかかるようにも思えるけれど、家庭でパソコンを楽しむ女性が増えていることは確かだ。クラブに参加されるのは、おばさん方に限定されてしまうのは止むを得ない。

暗くなった寝室に芳香が漂ってくる。今年も夜香木が見事に開花した。昼間は全く匂わず、また、桜と同様花期が短いのが残念である。寝苦しい夜に眠りを誘う匂いと感じる。

2012年9月 8日 (土)

外国人力士

明日から大相撲秋場所が始まる。焦点は、日馬富士が横綱昇進を果たすか、白鵬が巻き返すかにかかる。2006年春場所に朝青竜が優勝して以来、外国出身力士の優勝が続いている。日本人力士の誰がいつ優勝を実現するかも焦点の一つである。

外国出身力士は、来日して相撲界に入ってから、言葉・文化・食生活など母国とのさまざまな違い・困難を乗り越えてきた。そうした体験が相撲の強さにも結び付いているのだと思う。

日本では「はい」の意思表示をするとき首を縦に、また、「いいえ」では横に振る。ブルガリアでは動作がその逆で、「はい」のとき横に振る。琴欧州は食事中「食べる?」と聞かれ、「はい」のつもりで横に振った(母国の習慣が出て)ため、お皿を下げられてしまったとか。

2012年9月 7日 (金)

入れ歯

口の中に食べ物でない異物=入れ歯が初めて入ったのは2007年11月である。以来いつの間にか約5年が経過して、体の1部になっていた。ところが、過日食事中に留め金が外れ、食べ物と一緒に思い切り噛んでしまい、修理不能の状態に変形してしまった。硬い入れ歯が変形したのに、よく歯ぐきなど口の中が傷つかなかったと今でも不思議な気がする。

仕方がないので新しく作り替えることにし、このところ毎週歯医者さんに通っている。8020運動に参加した積りで、丁寧に歯磨きをしたりして注意はしているが、目標が達成できるか現状では心細い限りである。

2012年9月 6日 (木)

秋の気配

今日もほぼ定刻に蓮華寺公園を歩いたけれど、いつもより多くの人が歩いていた。過日設置された温度計は昨日と同じく27℃であり、相変わらず厳しい残暑ながら、皆さん秋の気配を感じて外に出るようになったのだろう。たしかに虫の音は秋である。

2012年9月 4日 (火)

腰痛

暑さのため暫く休んでいた畑仕事を再開したら、とたんに腰痛も再開した。ラジオ朝1番の健康ライフ、今週は丁度「腰痛と付き合う」がテーマである。今後、腰痛とは生涯付き合わなければならないと思っているが、如何に軽微な状態で付き合うかだ。

毎日少なくても1時間は机に向かい椅子に座る。座るときの姿勢が腰痛に悪いのではないかと考え、背もたれが動く事務椅子から、背もたれが固定した木製の椅子に換えた。座る姿勢が良くなり、少し楽になったような気がする。

2012年9月 3日 (月)

喜寿

『さて、(中略)昭和33年3月我等が学舎「峰ヶ丘キャンパス」を巣立って55年、戦後の貧しさが残る勉学の青春時代から、日本の高度経済成長時代を推進しつつ、今日の超高齢社会を生き抜く自信と余裕を培って、ここに弥栄の齢「喜寿」を迎えることに相成りました。』

これは最近届いたクラス会開催に関する案内状の1部である。少し堅苦しい文章であるけれど、昭和33年卒業となればこんな文章が相応しいのかもしれない。

同級生の多くは今年喜寿を迎えたことになる。歯が折れたとか白内障だとか、腰が痛いとか、医者通いが日常茶飯事となり、体力の衰えは如何ともし難いけれども、こうして学友と喜寿を迎えることができるのは有難いことだ。今クラス会の幹事役の1人は、8月に北アルプスの薬師岳(2926m)に登ったという。彼とはそれこそ55年前、山小屋に泊まりながら何日か掛けて尾瀬を一緒に歩き、燧岳や至仏山に登った記憶がある。箱根の旧東海道を少しばかり歩いてアゴを出す輩とは大きな開きだ。日頃のトレーニングの違いだろう。反省。

2012年9月 2日 (日)

防災訓練

朝8時半から町内会主催の防災訓練が曇り空の下始まった。会場は飽波神社の境内で、普段は駐車場として使われている。組長さんを先頭に、各組の人たちが会場に集まってきた。訓練への参加率は30%程度と見立てたけれど、南海トラフを震源に巨大地震が発生し、最悪の場合県内で約10万人が死亡するとの予測が発表されたばかりである。巨大地震に対する認識不足があるのではないかと、疑問を抱かせる数値である。

例年どおり消火器の操作訓練・心臓マッサージとAEDの操作指導・消防ポンプの放水訓練などが行われ、最後に、断水時に備えた大小便の処理用具の説明があり、わが家でも備えようとの気になった。用具の説明は焼津の業者が行ったのもだが、焼津ではトイレのことなど問題外で、津波から如何に身を守るかでてんやわんやだそうである。

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訓練会場 参加率30%程度か

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市消防団員から消火器の操作訓練を受ける中学生たち

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人形を使った心臓マッサージとAEDの操作指導  倒れている人を見つけたとき、今日見たような、心臓マッサージやAEDの操作ができるかどうか自信はない

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放水訓練 晴天が続いているので、水を貰った木々は喜んだことだろう

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断水時のトイレ用品

2012年9月 1日 (土)

防災

昨夜、携帯の警報音に驚いて目を覚ました。時計は11時40分であった。携帯にはメールが入っていた。焼津市が出した津波注意報で、「1日 1時30分に、高さ50cmの津波が来る」との内容である。この時間、とらはまだラジオを聴いていて、フィリッピンで大きな地震があり、太平洋岸に津波警報が出たことを教えてくれた。幸い0時15分には警報解除のメールが届いた。

初めての体験であったが、このような情報がその都度届けば安心である。

今日は防災の日、市でも防災訓練が行われた。私たちの町内会は明日訓練が行われる。明日も猛暑が予想されるけれど、参加しようと思っている。

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