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2013年7月31日 (水)

『ルー・ブルの旅』21

トランシルヴァニアの要塞教会群  (世界遺産)

12世紀、トランシルヴァニア地方にドイツのライン河やモーゼル川の近辺に住んでいた人びとが、商業を興す目的で入って来た結果、この地方にドイツ文化が伝わり、ドイツ系ルーマニア人によって多くの教会が建てられた。   
しかし、中世のこの時代は、トランシルヴァニア地方に対する周辺遊牧民族たちの攻撃があまりにも多く、激しいため、教会の防衛を強化するたびに、どんどん要塞化していく事になった。   
1394~1690年の3世紀にわたり、トランシルヴァニア地方は、オスマントルコに14回も侵略された。このため、村民を守れる強固な、城壁の厚い要塞を建てる必要に迫られ、仮に外敵に包囲された場合でも、しばらくは暮らせるように、要塞の中に水・食糧などの生活物資を備蓄していた。   
1600年頃、このような要塞教会は600ヶ所もあったといわれ、現在ではその半分しか残っていない。   
これら要塞教会の建築様式はバロック調だが、その中は質素で、現在も昔と同じように教会の鐘が鳴り、村の人々はその教会に集う。これらの要塞教会のうち7カ所が1993年、世界遺産に登録された。

シギショアラから西に約30㎞離れた「ビエルダン要塞教会」を観光した。町全体が望める見張り塔があり、三重の壁に囲まれこの地域の中で最も堅固に作られている。 

鳥瞰図

Photo 

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通りから眺めた教会 こんな馬車が通ㇼを走り 馬車には美人が乗っていた 

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上:教誨の内部 下:見張り塔と 教会から見下ろした城壁や昔ながらの町並み 

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教会内部の扉で、12個の閂が一斉に動き、19世紀に開かれたパリ博覧会で金賞を受賞した扉という 

さて、ルーマニアと問えばドラキュラ・チャウシェスク・コマネチなどの答えが多いと思う。「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとなったワラキア公、ヴラッド・ツェペシュは1431年、シギショアラで生まれ、その生家がレストランとなっていて夕食を食べる。 

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上:「ドラキュラの家」とその看板 下:料理 前菜=ドラキュラミンチ(ナス・トマトのペースと) メイン=心臓(ピーマンの肉詰め) デザート=舌(ベリーソースのクレープ) 

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