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2013年9月

2013年9月30日 (月)

3大がっかり

ヨーロッパの旅行では「3大がっかり」というのがあるという。現地に到着し、現物を見ると前評判ほどではなくがっかりするというわけである。過日行ったブルガリアのバラ摘み体験もそれに近い。がっかりの主は下記の通りだけれど、幸か不幸か私は彼らと会っていない。

  • ライン下りで会う「ローレライ」
  • ブリュッセルの「小便小僧」
  • コペンハーゲンの「人魚の像」

作詞:ハインリッヒ・ハイネ  (訳:近藤朔風)  作曲:フリードリッヒ・ジルヒャー のローレライは、  

なじかは知らねど 心わびて

昔のつたえは そぞろ身にしむ

と歌われ、日本人の間でも人気を博した。ローレライはライン河の中流にあり、そそり立つ絶壁の間を縫う急流に逆らって立つゴツゴツ岩だそうだ。

 

2013年9月29日 (日)

中東情勢

1980年4月以来国交が断絶していたアメリカとイランのトップ、つまりオバマ大統領とロハニ大統領が電話で協議し、核問題の早期解決を目指すことで合意したという。

また、内戦が長期化し泥沼化しているシリアについては、化学兵器を国際管理下で廃棄させる国連安保理決議が、全会一致で採択され、アサド政権はその決議を順守する姿勢をアピールしたという。

長い歴史の中で、もうどうにもならないほど複雑に絡んでしまった中東問題の解決に、ほのかな明かりが灯ったようにも見えるが、事はそう簡単ではない。アメリカと同盟関係にあるイスラエルは「イランの甘い言葉にだまされるな」と訴えているし、サウジアラビアなど親米のイスラム教スンニ派の湾岸産油国も、イスラム教シーア派を国教とするイランとは、対立関係にあるからだ。シリアの内戦にしても、スンニ派の湾岸諸国は、反体制派を支援している。

そしてこのような対立は、余りに長く深いからである。

2013年9月28日 (土)

じぇじぇじぇ

この言葉、なんとなく流行語であろうと思っていたけれど、その意味や使い方は解からなかった。NHKの朝ドラ「あまちゃん」が、今日、好評のうちに最終回を迎えたという夕刊の記事によると、久慈市などで驚いたときに使われる方言とのことであった。

「じぇじぇじぇ」は今年の流行語にノミネートされるのではなかろうか。

何しろ朝ドラなるもの、1度も見たことがない。話題に乏しいのも致し方ないことだ。

2013年9月26日 (木)

閑題

裏庭にミカンの木を植えたのは6~7年前のことだけれど、去年に続き今年も花をつけず、この冬の楽しみがなくなった。3年前には10個ほど収穫できたのに。管理に不備があったか、ミカンの気に入らない環境を作ってしまったのかもしれない。

片や庭に植えてあるキンカン、こちらはもう植えて20年近い。枝いっぱいに花が咲くけれども実を結ばない。今年も結果は同じで、花は咲いたが実のついた様子は全くない。来春には別の場所に植え替えようかと思っている。

24日午後、パキスタン南西部でM7.7の地震が発生した。この地震で、アラビア海の沿岸から約1.5kmの沖合に、高さ約20m、幅約100~200mの島が出現、地震島と命名された。専門家の話では、この地震島、近い内に消滅するとのことだが、どうだろうか?

2013年9月25日 (水)

手紙

天声人語によれば、中国の漢の時代、匈奴に囚われた武将 蘇武が、雁の足に手紙を結んで国に知らせた故事にちなみ、手紙のことを「雁の使い」というのだそうだ。

電子メールが瞬時に地球を巡る時代、手紙を書かない若者が増えている。郵便番号欄に電話番号を書くなど、基本を知らない小中学生が結構いる。このような流れに日本郵便は危機感を強め、教材を作って小中学校へサポートを始めたという。

振り返ってみると確かに手紙を書くことはなくなった。思い返してみると、この前手紙を書いたのは孫の誕生日にプレゼントを郵送したときだから、半年以上も前のことになる。昨日、ある会合に欠席の通知を出し、近況を記入する欄に2行ほど書いたが、これは手紙とは言えない。

パソコンに依存している年賀状だが、何か自筆の文章を書き加えるよう努めたいと思っている。

2013年9月24日 (火)

スマホ

葉梨パソコンクラブの活動は間もなく丸8年となる。この間地元の方々を対象にパソコン講座を12回開催した。そして10月からは13回目のパソコン講座を予定している。この講座の受講者を募集中だけれど申し込みが少ない。折角これまで続けてきた講座だから、もっとPRして受講者を集め開催したいと考えている。

片やスマートフォン。最近葉梨公民館でスマートフォンの講座を開催することになり、受講者を募集したところたちまち満員になってしまったそうだ。また、新型 iPhone を発売したアップル社は、発売後3日間で、2種類のモデルを合わせ900万台を販売したと発表した。

こうした現象は、パソコンとスマホの立場が逆転しつつあることの表れだろう。

2013年9月23日 (月)

安全運転コンテスト

新聞配達担当者によるバイクの安全運転コンテスト(第9回)が21日行われ、個人の部では25歳で新人の女性が優勝したという。

わが家では家を留守にするとき新聞を留め置きしてもらうことがあり、その都度配達員にお願いする。そんなことが重なって、春に配達員が替わったことを知った。新しい配達員は若く機敏で、少し離れたポストなどにはバイクを使わず走って配達している。

今回コンテストに優勝した配達員は、5月に配達員になったというから、多分わが家に新聞を配ってくれている配達員に違いない。何れにしても危険を伴う仕事だから安全第1に配達をお願いしたい。

2013年9月21日 (土)

地形図

国土地理院は、1958年に刊行を始めた現行タイプの1/25000地形図を、新たなデザインのものに年内に衣替えする。新しいデザインでは、国道は薄い赤、県道などは黄、建物はオレンジ、川や海は水色、等高線は茶色などで表示するという。

わが家の書庫には古い地形図が山積みされている。大部分は愚息が学生当時ワンダーフォーゲル部に入っていた名残であるけれど、他は辰野に単身赴任していた当時山歩きに使ったものだ。いわば山歩きの記念品だけれども、もう使うことはあるまい。

2013年9月20日 (金)

八木節

新聞に載った民謡に関する記事

さても一座の皆様方よ

わしのようなる三角野郎が

四角四面の櫓の上で

音頭とるとは憚りながら

しばし御免を蒙りまして

何か一言読み上げまする

文句違いや仮名間違いは

平にその儀はお許しなされ

これは八木節の一説。この民謡の故郷は群馬か栃木か、ずっと議論が続いているようだ。私は栃木出身だけれど、群馬県の民謡だと思っていた。足利市の八木節連合会は、「そもそも八木の宿場は足利市にあり、八木節を浅草で広め人気者となったのは、足利出身で美声の堀米源太だ」と、栃木説を主張する。

どちらに転んでも気にするほどのことではないけれど、この記事を書いた記者は私と全く同姓同名であった。

2013年9月19日 (木)

中秋の名月

お月見といって特にご馳走はないけれど、過日、奈良田からの帰り栗を買ってきたのを茹でて食べている。夕方カメラ持参で出かけた。

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月の出を待つ蓮花寺池

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彼岸花も咲き出した













2013年9月17日 (火)

身延山

身延山は、1274年、波木井郷の地頭南部六郎實長が、佐渡での流刑を終えて鎌倉に戻った日蓮を招き、西谷の地に草庵を構え、法華経の読誦や弟子信徒の教育、更には蒙古軍の退散、国土安穏を祈願した事に始まる。1281年には十間四面の大坊が整備され、日蓮によって「妙法華院身延山久遠寺」と名付けられた。

日蓮聖人がこの草庵に入山されたのは53歳のときで、晩年の9年間を身延山で過ごし、遺言に従い遺骨もここに祀られている。

辰野に単身赴任していた当時、自宅と辰野の往復は52号線を多く利用し、身延山のすぐ下を通りながら1度も身延山には立ち寄っていない。過日奈良田温泉に向かう途中立ち寄り、健康長寿を祈願してきた。

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本堂(向こう側)と祖師堂 

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山門から本堂に続く急な石段  

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山門の近くにある波木井實長の像







2013年9月16日 (月)

『ルー・ブルの旅』32

リラの僧院

ブルガリアの観光で最大の目玉は、世界遺産に登録されている「リラの僧院」だと思う。ビザンチン帝国の強い影響下で発展し、長い歴史を持つブルガリア正教の総本山であり、ビザンツ建築の傑作といわれる。

リラ山の北西、緑の森に囲まれた標高約1150m地にあり、ドーム状の屋根や白と黒の横縞模様が特徴である。1335年に建築されたフレリョの塔(高さ24m)が最も古く、中心的存在の聖母教会、100の独居房を持つ4階建ての居住部、図書館、博物館などから構成されている。教会の1200ものフレスコ画やイコンなど見るべきものも多いが、博物館に展示してある木製の十字架は、僧ラファイルが1802年に12年かけて彫刻完成させたもので、36の宗教的場面と600人の人物が細密に彫られていて、ラファイルは完成後失明したといわれている。

10世紀に修道士イヴァン・リルスキーがリラ山中に隠棲し、彼を慕った人びとが集まって集落ができたのがこの修道院の始まりという。14世紀の初めの地震で崩壊し、天災や外敵に備えた強固な作りで再建され、歴代の君主や貴族の寄進を受けて大修道院に発展した。14世紀末にオスマン帝国の支配下になった後、多くの教会がイスラム化した時代にここだけはブルガリア正教を守り、19世紀に反オスマン帝国運動が高まった時には独立運動の中心地となった。1833年の大火で灰燼に帰したもののすぐさま再建運動が始められ、現在の姿に整えられたという。

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ここで赤い服は似合わないが俄雨に備えた  正面聖母教会のドームと左側にフレリョの塔が見える

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以下は教会外壁のフレスコ画

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2013年9月15日 (日)

『ルー・ブルの旅』31

コウノトリ

コウノトリが赤ちゃんを運んでくるという伝説は、ヨーロッパで信じられている。コウノトリを国鳥としているドイツ辺りがこの伝説の源のようだ。ずっと以前、皇太子さまがお子様のことを尋ねられたとき、「子どもはコウノトリのご機嫌にまかせて」とコメントされ、ニュースになった。また、コウノトリが屋根に巣を作ると、その家には幸運がやってくるとの言い伝えもあり、巣は大事に守られているようだ。

首都ソフィアからリラの僧院に行く途中、コチェリノヴォという村があり、コウノトリの住む村として知られている。通りに面した何軒かの家の煙突に巣があり、番のコウノトリが子育て中?のようで、写真ストップをした。

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これらの写真はコチェリノヴォで撮影したものだが、ほかの場所でも何ヶ所かでコウノトリの巣を見ている。ブルガリア各地に広く住んでいるようだ。







2013年9月14日 (土)

奈良田2

休養の場に奈良田温泉を選んだ理由はもう一つある。そもそもねずみととらが藤枝に居を構えることになったのは、東海パルプ(現 特殊東海製紙)に就職したためだ。入社当時、東海パルプは大井川の源流「井川山林」から、原始的な方法で材木を伐り出していたが、材木を効率的に搬出するため、1965年、井川山林から山梨県の西山まで、索道(木材用ロープウエー)を建設した。総延長14kmに達するこの索道は、当時としては最大級の規模であった。

この索道の終点西山は、奈良田の下流5kmほどの所で、この基地(材木土場)がどうなったか見たかったのである。 何所に基地があったのか全く記憶はなく、宿の主に尋ねたところ、駐車場に利用されているとのことであった。奈良田からの帰り、その駐車場に立ち寄り記憶をたどったが、当時の様子を鮮明に描くことはできなかった。

2013年9月13日 (金)

奈良田

NHKのテレビ番組「ためしてガッテン」が、『めまい』について放送したのは10日ほど前のこと。番組を見たせいではないと思うが、直ぐその翌日、とらは立っていられないほどのめまいに襲われた。番組でも解説があったが、原因は「耳石」の影響らしい。幸い数時間でめまいは治まった。

めまいの原因が耳石の異常にあるとしても、耳石が異常となった原因は、猛暑による夏バテのせいだから、当面は休養をとる必要があると屁理屈をつけ、温泉に出かけることにした。 

加温をしていない源泉かけ流しの湯で、ゆっくり落ち着いて入ることができ、近くて料金の安い宿を条件に検討した結果、奈良田温泉に決めた。

2泊では湯治の効果もはっきりはしないが、予想通りゆっくりとかけ流しの温泉を楽しむことができた。旅館の主は猟師さんで、クマ肉の陶板焼き、シカ鍋、シシ汁など普段は味わえない料理で歓待してくれたけれども、後期高齢者の歯は、クマの肉だけは歯が立たなかった。

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身延から早川に沿って北に伸びる南アルプス街道の最奥部、ひっそりと佇む奈良田地区

写真の左端がお世話になった奈良田温泉 白根館

なお、秘湯に関する情報は下記URLで

          http://www.hitou.or.jp/    

2013年9月10日 (火)

ハクサイ

8月26日にハクサイの種をポットの蒔いた。順調に育ってきたので、少し早いと思ったが昨日畑に植えた。 今朝畑に出てがっくり。折角植えた苗は虫に食べられて全滅、これでは植え直す以外にない。

幸い苗はまだ十分残っている。もう少しポットで育て、近日中に植え替えることにする。止むを得ない今度は農薬を使おうと思う。何としても晩秋にはサクサクのハクサイを食べたいから。

2013年9月 9日 (月)

『ルー・ブルの旅』30

バラ祭り

旅行のパンフレットには次のような説明がある。

“世界創造期、大地を分割しているときブルガリアのことををすっかり忘れてしまった神様、代わりに自分のために残しておいた天国の一部をお与えになりました。だからブルガリアの人びとは、その大地・空・海が世界で1番の場所だと信じています。 ブルガリアの中央部にある「ダマスクローズ」の世界的産地 “バラの谷” は、5月から6月にかけて、可憐なバラが咲き誇り、谷中が芳しいバラの香りで満たされます”(1部省略) 

そして旅行の12日目、バラの街「カザンラク」のバラ祭りに参加し、バラ畑でのバラ摘みやパレードを楽しんだ。この町でのバラ祭りは1907年から行われていて、今年、パレードの参加者は約7000人だそうだ。

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9時過ぎクンチュブ村のバラ畑に到着、村人たちの歓迎セレモニーで歓迎を受ける。 雲が低く立ち込めた怪しげな空模様の下、泥除けのビニール製靴カバーとエプロンをつけ奥の畑へ。

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現地に着くまでは、咽るような芳香、咲き乱れるバラを想像していたけれども、畑はもうほとんど花がなく、入り口から遠く離れたところでようやく花らしい花を見つけることができた。

以下はカザンラクのメイン道路をパレードするパレードのスナップ

Dscn6926今年選ばれた「バラの女王」

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2013年9月 8日 (日)

オリンピック

日本時間で昨夜開かれたオリンピック委員会の総会で、2020年に開催されるオリンピックの開催地が東京に決定した。イスタンブール・マドリッド・東京が立候補し、決選投票でイスタンブールが36票だったのに対し、東京は60票を獲得して選ばれた。前回のオリンピックは1964年だったから56年目の開催となる。

高齢者たちの集まりで誰かが話をしていた。「これで一つの目標ができた」と。 いずれにしろこれを機に、オリンピック景気が大いに盛り上がればよいと思う。

オリンピックは7月24日に開催される。東京の今年の最高気温(月別平均)は、7月:31.4℃、8月:33.2℃であった。地球温暖化が進む中、東京オリンピックは熱い戦いになるだろう。

競技を実施するかしないか協議されていたレスリングや野球について、レスリングは実施、野球とソフトボールは不採用と決まった。

2013年9月 7日 (土)

サンマ

落語に「目黒のさんま」というのがある。世俗に無知な殿様を風刺した話で、概要は次ようなものである。

昔、サンマは庶民の食べ物で殿様が口にする魚ではなかった。ある日、遠乗りに出た折、目黒でサンマを食べサンマの味を知る。後日、殿様はサンマを食べたくなって、「余はサンマを所望する」と命じる。殿様の前に出てきたサンマは、すっかり脂が抜け、1本残らず骨も抜かれた、ぐしゃぐしゃの不味いサンマであった。殿様は「さんまは目黒に限る」と述懐する。

サンマ漁は例年7月ごろから北海道沖で始まり、年末にかけて茨城県沖まで南下する。ところが今年の北海道や東北沖合の海水温は、平年より2~3℃も高い。そのため15℃以下の水温を好むサンマは漁場に姿を見せず、不漁が続いて今年のサンマの価格は去年の2倍近い。

例年宮古港で水揚げされたサンマを使う「目黒のさんま祭り」も、今年は根室産のサンマを使うという。

暑さと取るに足らないトラブルなどで、最近は更新しない日が続いた。褌を締め直さなければならないと思っている。

2013年9月 4日 (水)

ウオーキングシューズを新しくした。少しスマートな靴を選んだため、普段4Eを履いている足には窮屈な感じがした。履き慣れれば治るだろう。新しい靴で蓮花寺池の周囲を歩いていて、俄雨に会う。この靴は雨を呼ぶ靴か?と思ったりした。池を離れたところの道路は乾いていた。これまでの靴は農作業用になった。

秋野菜の種蒔きの時期が近付いてきた。10日ほど前から毎朝畑に出て、種蒔きの準備を始めたけれども、この約2時間は暑さとの闘いであった。急いでダイコンの種を蒔いても、ダイコンは暑さに驚いて芽を出さないかもしれない。となれば、急いで畑の準備をする必要はなかったことになる。

2013年9月 2日 (月)

異常気象

9月に入ったというのに猛暑が続き、口を動かすのも億劫に思う昨今である。今日、越谷や野田では竜巻が発生し大きな被害が出た。報道によると540棟が損壊し、67人がけがをした。地表と上空の温度差が40℃にも達し、上昇気流と積乱雲を生んだためらしい。異常気象、次は何を日本列島にもたらすのか?

世界は広い。南米ペルーでは厳しい寒波に見舞われているという。寒波は8月末から強まり、南部の高地を中心に雪やひょうが降り、多数の住宅が損壊、また、アルパカやリャマなどの家畜約27000頭が死んだ。標高3000m以上の高地では、-20℃の冷え込みが予想されているそうだ。

電波と同じぐらいのスピードと効率で、熱を伝えることができれば、ペルーの寒波と日本の猛暑を交換することで、同時に解消できると思うけれど。

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