« スゴウデ | トップページ | ネパール 18(ジョムソン 4) »

2014年4月26日 (土)

ネパール 17(ジョムソン 3)

ジョムソンに滞在中の4月5日にマルファ村、6日にティニ村までハイキングに出かけた。旅行案内にはマルファ村のハイキングについて、「その昔チベットとインドを結ぶ交易路だったジョムソン街道の中で随一美しいマルファまで往復する。歩行距離は往復約11km、標高差73m、歩行時間約4時間」とある。

ジョムソンからガンダキ川の河原に設けられた砂利道を1時間半ほど歩いてマルファ村に着く。途中ところどころに民家があったが、人影を見ることは殆どない。柳の新芽がほんの少し芽生えていた。往復で小型バス・4W車・バイク・歩行者に逢ったけれど、数えるほどだ。マルファ村に足を踏み入れてみると、「街道中で随一の美しい村」は少々オーバーのような気がする。裏を返せば、街道に存在する他の村々が、如何に寂しいものであるかを示している。

ジョムソンに戻りホテルへは本通りから登りとなる。11kmを歩いた後で心臓破りの坂道である。マルファ村までの高低差が約70mなのに、本通りからホテルまでの高低差は100m以上あったのではなかろうか。

マルファ村には日本人で最初にチベットに潜入した僧「河口慧海」が滞在した家がある。河口慧海(1866~1945)は、現在の堺市生まれる。早くに仏教に目覚め僧侶となった。漢訳仏典に不備を感じ、仏典の原型をよくとどめているチベット語訳の「大蔵経」を入手するため、単身鎖国下のチベットに潜入を計り、都合2回徒歩でヒマラヤ山脈を越え、通算17年に及ぶ命がけの旅を通して、インド・ネパール・チベットから多くの資料を持ち帰り念願を果たした。後年は僧籍を返上し在家の立場で仏教の普及・研究に努めた。

P3056620 ジョムソンから歩き始めて間もなく、ガンダキ川の向こうにニルギリ(手前)とテリチョ(雲を被っている)が朝の太陽に光っていた  これらの山はホテルの正面に見える山である

P3056630 河原に伸びるジョムソン街道をマルファに向かう

P3056646 途中で見かけた民家  河原に建っているので洪水に逢うことはないのだろうかと心配になった

P3056667 歩いてきた後(上流部)を見返る 最奥部の雪山はチベット国境か?

P3056673 すれ違った地元住民 どこから来てどこへ行くのか?  他に、河原で化石(アンモナイト)を探している住民にも出会った

P3056688 マルファ村に入ると畑があった

P3056692 村の子供(上)と住宅(下)

P3056694

P3056733 河原で草を食べている子供のリャマ

P3056623 翌日予定していティニ村へのハイキングで渡る吊り橋

P3056709 河口慧海が住んでいた家 (中庭から2階の廊下を見る)

Dscn7332 祈りをささげた仏間  慧海の写真も見える

Dscn7336 当時使っていた各種の道具

 

« スゴウデ | トップページ | ネパール 18(ジョムソン 4) »

海外旅行」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ネパール 17(ジョムソン 3):

« スゴウデ | トップページ | ネパール 18(ジョムソン 4) »