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2014年7月21日 (月)

北欧の旅 8

ヴァイキング

北欧の歴史を語ろうとすれば、ヴァイキングのことを外すわけにはいかない。「ヴァイキング」の語源は諸説あるけれども、「入江の民」に求めるのが最有力のようだ。「ヴァイキング時代」とは、8世紀末から11世紀半ばまでの約300年間の歴史である。

793年、ノール人がイングランドのリンデスファーン島を襲撃した事件が、ヴァイキング時代の幕開けとされているけれども、何故このような襲撃事件が起きたのか、その根本原因は、北方の寒冷地で人口が増加し、不足する食料を外地に求めて人びとを海外に押し出したと考えられている。

もちろんこのような行動を可能にしたのは、竜骨を持ち、喫水が浅くて細長く、帆走もできるし多数のオールで漕ぐことのできる舟の造船技術、および彼らが航海術と戦闘力を兼ね備えて持っていたことだ。舟の全長は30m以上、30~40人が乗り込み、50~60艘の集団で進む様は勇壮に見えたことだろう。

ヴァイキングはその出身地から、スウェーデン・ヴァイキング=金色ヴァイキング、デーン・ヴァイキング=黒いヴァイキング、ノルウェー・ヴァイキング=白いヴァイキングに分類された。白いヴァイキングは主にイングランド・スコットランド・アイルランドに遠征し、修道院の略奪など海賊活動が主であった。金色ヴァイキングは、ヴォルガ川やドニエプル川を中心とするヨーロッパの交易網に目をつけ、海賊活動ではなく商業的な海外進出が目的であったとされる。また、黒いヴァイキングは、デンマーク国家の勢力伸張を狙った国家的政治活動とみられている。

ヨーロッパの東西南北各地にこうしたヴァイキングの進出を許した背景には、ヨーロッパ側にも当時のフランク王国の乱れなど、それなりの理由があったとされている。

オスロにはヴァイキング船博物館があり、旅行2日目に観光した。800年代から50年間使用された女王の舟で、女王の死後遺体とともに埋葬され、1904年に発掘されたオーセバルク船や、900年代に使われた長さ23m、幅5mのゴークスタット船などが展示されている。

P6137987


P6137988001 女王の遺体とともに埋葬された舟と 龍の彫刻が施されたその船首部分

P6137983 オークを材料に900年代に作られた舟


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