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2015年3月 5日 (木)

島の文化

八丈島のパンフレットを開いて見ると次のようなことが書いてある。

「八丈島の文化は、漂流・漂着、そして流人の文化」という言葉にそのヒントがあるようだ。黒潮の流れに影響を受け、古くから日本のみならず、はるか中国からの漂流者や漂着物が流れ着いてきた。伝説の中では、秦の始皇帝から不老不死の霊薬入手の命を受けた徐福が、大陸から率いてきた人々のうち、500人の童女が八丈島に、500人の童男が青ヶ島に流れ着いたという。

八丈実記のなかではまた、明船の漂着記事が多数見られる。中の郷にある長楽寺の開祖・宗感も明からの漂着者の一人だという。

そして、豊臣秀吉の五大家老の一人、宇喜多秀家は、関ケ原の戦いに敗れてため、この島に流された。明治時代まで赦免になることのなかった宇喜多一族を、八丈島の人びとは、温かく保護し続けた。

南原千畳岩海岸には、八丈富士を背に、秀家と豪姫の像がある。

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