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2015年4月29日 (水)

承久の乱

隠岐諸島の一つ、中ノ島の海士町には隠岐神社があり、後鳥羽上皇が祀られている。1939年に後鳥羽上皇没後700年を記念して創建された。後鳥羽上皇は「承久の乱」を企てたが失敗し、海士に流された。

1199年、頼朝の死後幕府内に相次いでおこった政争をみて、後鳥羽上皇は朝権回復の好機と判断し、討幕の準備を進めた。1221年5月、上皇は流鏑馬と称して兵を集め、まず京都守護伊賀光季を襲ってこれを倒した。しかし幕府は、尼将軍といわれた政子が中心となって衆議の上、東海・東山・北陸三道から大軍を京都に向かわせ、朝廷軍を破って2か月で事件は終わりを告げた。これが年号にちなんで「承久の乱」と呼ばれている。

乱後幕府は後鳥羽上皇を隠岐国へ、土御門上皇を土佐国、のち阿波国へ、順徳上皇を土佐国へ流刑とした。この事件を伝えるものとして、「吾妻鏡」や「承久記」などが残っている。

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