« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

2015年5月

2015年5月31日 (日)

ジャガイモ

今年ジャガイモは3月29日に種イモを植え付けた。去年は2月26日だったから、1ヵ月以上遅い。茎が大きく伸び葉も元気に繁っているので、内心豊作だろうと思っているし、仲間からも期待の声がかかっている。

少し早いとは思ったが、どんな様子か2株だけ掘ってみた。予想よりは粒が小さく丁度2kgだった。残りはもう少し育つのを待って収穫することにした。ちなみに去年は北欧旅行から帰国した後で掘ったので、6月27日だった。

スーパーに行ってみると野菜の価格が値上がりしたままである。かと言って家庭菜園で採れる野菜が決して安いわけではないが、暑くても我慢して努力してみようという気にもなる。午前中ポットで育てたキャベツの苗を定植した。キャベツはこれまでもまともに収穫できた試しはないけれど、再度の挑戦である。

2015年5月30日 (土)

乱れ

この1週間、酒田まで愚息に会いに行き、帰途裏磐梯を観光したりして日常生活が乱れ、日課としているラジオ体操などがおろそかになってしまった。それだけだはなく旅の疲れから、帰宅しても平常に戻るのに時間がかかった。

今朝は5時に起床し、急に思い立って朝のウオーキングに出かけた。カラオケスタジオの横を通ると、中から歌声が聞こえた。多分昨夜から徹夜で歌っているのだろう。

蓮華寺池のハスの生育地は、すっかりハスの葉で覆われた。この季節、早朝ウオーキングは気持ちがいい。とらを早朝ウオーキングに誘えば、きっと「朝食前のウオーキングは体に良くない」とか言うに決まっている。平日の早朝にはどうしても落ちついて聴きたいラジオ番組があるので、早朝ウオーキングを続けるとすれば4時には起床しなければならない。明日からは4時起床を目指してみよう。

2015年5月26日 (火)

裏磐梯

久しぶりにハイキングを堪能した。休暇村のバスから「五色沼入り口」で降り、ウオーキングが始まる。レストランの前を通りすぎるとすぐ、毘沙門沼のブルーが目に飛び込み、誰もが感嘆の声を発する。そして、足も軽やかに若葉の匂う小路を進むことになる。赤沼・深泥沼を過ぎ少し進むと、木々の間にブルーシートのようなものが現れ、こんな山の中で、何の工事をしているのだろうと思いつつ近づくと、それは弁天沼であった。

2015年5月22日 (金)

ドローン

15歳の少年がドローンを飛ばすと予告したとして、威力業務妨害罪が適用され、逮捕された。過日、ドローンが首相官邸やホワイトハウスなどでも見つかり、ニュースとなった。

ドローン(Drone)は、小型無人飛行機に付けられた名前だけれど、本来はオスのミツバチのことだそうだ。

先日、ドローンの通信販売広告が新聞に載った。広告には、ドローンタイプの33cm大型「マルチコプター」・6軸センサー搭載・高性能2.4GHzリモコン・簡単操作でばっちり空撮・などと、よく解からないが性能などが書かれている。しかも価格は10000円である。これなら小学生でも買えるし、どこに飛んできても不思議ではないという気がする。

20日から幕張メッセで「国際ドローン展」も開催され、約50社が出展して、ドローンの最新技術や利用方法を披露し、業界では今年がドローン元年となることを期待しているという。

2015年5月20日 (水)

タブレット

前から欲しいと思っていたタブレットがようやく手に入った。折角買うのだから何処ででも利用できるようスマホとセットで買うのが理想なのだけれど、そこまでは財務省の許可が得られず、タブレットだけになった。当分の間on ラインでの使用は、Wi-fiの接続が可能な場所だけとなる。
ネット接続の設定など何度も操作をやり直し、ようやくブログの投稿なども可能となった。昨日はタブレットを持ってウオーキングに出かけ、蓮華寺池で写真を撮影し、郷土博物館でWi-Fiがつながることを確認した。

Dsc_0005001 花ショウブが開き始めた

2015年5月17日 (日)

邯鄲の夢

中国から静岡空港へ、定期便の乗り入れが急増しているという。だからといって中国へ行く気にはなれないけれど、暇つぶしに旅行パンフレットを見ていて、「邯鄲」の文字が目に入った。人の世の栄華のはかなくむなしいことのたとえを表わした、「邯鄲の夢」の舞台となった趙の都である。

『昔、中国に蘆生という貧しい若者がいた。趙の都邯鄲で、一人の仙人から栄華が思いのままとなるという枕を借りて眠った。そして、良い妻を得、大臣となって富み栄える一生の夢を見た。夢から覚めてみると、炊きかけていた粟飯が、まだ炊きあがっていなかった。』という故事による。

江戸浅草に夢を商う店がオープンし繁盛した。その枕を使って眠れば、必ず夢が見られるという不思議な枕(「邯鄲の夢」)を貸し出す店である。そんな話が、江戸時代後期に出版された大衆本にあるそうだ。

2015年5月16日 (土)

カキ

2008年9月から始まったNHKの朝ドラ「だんだん」の主な舞台は、島根県と京都市。主要テーマは「愛・ありがとう」。「だんだん」とは出雲弁で、「ありがとう」という感謝の意味を持っている。

過日訪れた知夫里島には、「だんだん」のロケがあったことを示す看板が立っていた。

P4120653

知夫里島の観光を終えフェリー乗り場に戻る途中、出港までには時間があったので、カキの養殖場に立ち寄った。消毒が済んで出荷を待つ新鮮なカキがあったので、早速試食した。目前で殻を開けて取り出した生身を手渡され、近くの水道でよく洗ってそのまま食べたけれど、予想以上にしょっぱく、少し生臭かった。初めての経験である。

P4120658001

P4120657

2015年5月14日 (木)

隠岐相撲

大相撲夏場所が始まり、隠岐出身の隠岐の海は昨日まで3勝1敗の成績を残し、今場所の活躍が期待される。隠岐では昔から神事として相撲が行われ、今でも「古典相撲」として残っている。隠岐では相撲は大変な人気で、神社の境内や学校の校庭などには、必ず土俵が設けられているという。

祝い事があった場合、祝い事のある地域を「座元」、それ以外の地域を「寄方」に分け、双方から選ばれた代表力士が対戦する。相撲は2番行なわれ、最初に勝った力士は次の取り組みでは相手に勝ちを譲り、1勝1敗で終わるのがルールである。

力士には大関・関脇・小結の3役があり、他に「割相撲」と呼ばれる取り組みが300番近くあって、1晩中取り組みが続く。何しろ土俵入りだけで4時間近くかかり、1t近い塩が使われるそうだ。

2015年5月12日 (火)

社長訓示

かつて勤めていた会社から社内報が届いた。昨年末に発生した木材チップサイロの火災についての記事は、復興の再建工事が順調に進んでいる様子が、写真入りで載っていた。新しいサイロは年内には完成するそうだ。

別に、東海パルプと特殊製紙が合併して8年が経過し、9期目に入り行われた社長訓示の記事もある。社長は、「チャンスというものはピンチという姿で現れる」という言葉をひき、訓示している。ピンチ(チップサイロの火災)をチャンスに変えるには、
 1.逃げないこと、ごまかさないこと
 2.一切弁解をしないこと、責任の姿勢を持つこと
 3.謝罪をすること
の3点を確実に実践しなければならない。全社員がこの言葉を心に刻み、実践すれば(社業は)「V字回復」すると説く。

是非「V字回復」させて欲しいと願う以外にない。

2015年5月10日 (日)

隠岐 国賀海岸

牛突き・後鳥羽天皇行在所など、隠岐には文化的・歴史的遺産も多いが、自然の観光資源も豊富である。先に掲げたローソク岩もその一つだけれど、西ノ島の国賀海岸も隠岐を代表する景勝地である。この度は、観光船に乗り海側から絶景を堪能した。

P4110587

P4110611 イタリアの「青の洞窟」に似た洞窟

P4110600001 観音岩

P4110507 隠岐は桜が満開であった

2015年5月 9日 (土)

ユーモア

今日の「天声人語」から。イギリス人はユーモアが好きだという。

第2次大戦中、ロンドンはドイツ軍の空襲を受け動物園に爆弾が落ちた。新聞、タイムズ紙は「しかし、猿たちの士気はいささかも衰えていない」と書き、また、半壊したロンドンのある百貨店は、「本日より入り口を拡張しました」という看板を出したそうだ。

大分市の高崎山自然動物園で生まれた猿の赤ちゃんに、公募で最も多かった「シャーロット」と名付けたところ、英王室に失礼だという批判が多数寄せられた。英王室は鷹揚に、「赤ちゃん猿の命名は動物園の自由です」と語り、結局名前はそのまま「シャーロット」に決定した。

7日に投開票されたイギリスの総選挙では、保守党が予想を覆し330議席を得、単独過半数を獲得してキャメロン首相の続投が決定した。

2015年5月 8日 (金)

隠岐諸島

隠岐諸島は島根半島の北約50kmの日本海にあり、人の住む4つの島と、約180の小島からなっていて、総面積は約350平方km、約23000人が住んでいる。最も大きな中心をなす島を「島後(どうご)」(隠岐の島町)、西ノ島(西ノ島町)・中ノ島(海士町)・知夫里島(知夫村)の3島を合わせて「島前(とうぜん」と呼んでいる。古事記にも「隠岐」の名称が登場し、島の歴史の古さを物語っている。

1963年、島根半島・三瓶山とともに大山隠岐国立公園に指定され、また、2013年には、日本海の孤島が生み出した荘厳な台地と特異な生態系、そして人の営みが織りなす景観をテーマに、「隠岐ジオパーク」に世界ジオパークの認定を獲得した。島後から約160km北西には、韓国と領土権を争う「竹島」がある。

隠岐への交通は、境港などからフェリーが運航し、また、隠岐空港へは出雲空港や伊丹空港と結ばれている。

2015年5月 6日 (水)

久能山

4日、GWを利用して孫がやってきた。5日は、御鎮座400年祭が開催されている久能山に行くことに意見が一致し出かける。久能山は初めてで、表参道から1159段の階段に挑戦した。発育盛りの孫にはかなわないが、1159段を登りきる。

この表参道、最初は石畳の道で、どこからが階段なのか判然としない。子供の日とあって、参道も東照宮の境内も家族連れで賑わっていた。海難救助のお礼として、1611年にスペイン国王から贈られたゼンマイ仕掛けの時計は、他の展示館で展示中で、レプリカが展示されていた。予想に反して小さな時計であった。

P5050691001

今日は立夏、台風6号が南の海上にある。冬の間ずっと体を守ってくれた羽毛布団を片付けた。ちょっと早いのではないかとも思ったけれど。

2015年5月 4日 (月)

詩吟

「ベンセイシュクシュク」と、意味も解からないまま空覚えをしたのは、小学校の頃だろうか。本棚から引っ張り出した古い本に、この頼山陽の詩が載っていた。

 鞭声粛々夜河を過る
 暁に見る千兵の大牙を擁するを
 遺恨なり十年一剣を磨く
 流星光底長蛇を逸す

1561年、4回目の川中島の合戦は、最も激しい合戦で、上杉謙信は妻女山に陣を構え、武田信玄はそこに夜討ちをかけた。しかし、謙信は夜の霧に乗じて粛々と川中島に移動する。その場面が「鞭声粛々夜河を過る」である。

2015年5月 3日 (日)

ウリバエ

畑に植えたキュウリの苗にウリバエの被害が出始めた。昨日の朝、急いで防虫網をかける。しかし、昨日の夕方に5匹、今日は2匹のウリバエが網の中で見つかった。これでは防虫網をかけた意味がない。

ウエブで調べてみると、ウリバエは土の中に卵を産み、5~8月に成虫が発生し、ウリ類に被害を及ぼすという。多分防虫網をかけた内側に、卵が産みつけられているのだろう。当分網の中を注視して行かなければならない。

朝5時過ぎカーテンを開けると、もう朝陽が差していた。新聞で確認すると、今朝の日の出は4時54分である。初日の出の頃は6時54分位であるから、夜明けが2時間も早くなったことになる。

2015年5月 1日 (金)

菜園

5月に入りまさに五月晴れとなった。明日からの5連休、前半は晴れの予報で、行楽地は賑わうことだろう。フジまつりは続いているが、花は最盛期が過ぎた。

F1000116001

この1週間、畑仕事に精を出したので作業が大分進んだ。例年なら、周囲の人たちの野菜が元気に育ち始めてから、ようやく苗を買いにゆくような状況だったけれど、今年はトップを進んでいる。これからは朝夕の水やりと、虫との闘いになる。

愚息がご機嫌伺いにやってきて、「超絶難問 ナンプレ 150問」なる本を置いて行った。150問中120問ほどは解けたものの、そこで挫折し、手に負えなくなって持ってきた。早速取り組んでみたが確かに難問である。親子で放棄はしたくないので、ねじり鉢巻きで取り組まなければならないと思う。

« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »