« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月29日 (月)

財政健全化

ギリシャの財政危機に端を発した世界経済の混乱が、現実のものとなってきた。ギリシャの金融支援を話し合うEUのユーロ圏財務相会合は、ギリシャが求めていた金融支援プログラムの延長を拒否したため、危機の回避は見通しが立たず混乱が広まった。ギリシャ国内では預金引き出し制限などの対応が発表されている。

この流れを受け今日のマーケットは大幅な円高ユーロ安となり、株価が大きく値下がりした。世界経済のさらなる混乱が予想される。

1000兆円余の借金を抱える日本の財政も、ギリシャの轍を踏む懸念がある。日本の借金はギリシャと違い、海外からの借金ではなく日本国民が負担しているので問題はないとか、最近景気がよくなって税収が増え改善に向かっているとかを理由に、対応が遅れれば国民は痛い目に合う。財政健全化対策は早急に必要だ。

2015年6月28日 (日)

夕焼け

昨日の夕方、カーテンを閉めようとしたとき空が夕焼けに染まっていた。「朝バト鳴けば川超すな、夕バト鳴けば傘持つな」・「朝焼けはその日の雨、夕焼けは明日の晴」、そんな昔から伝わる天気予報を、母が語っていたのを思い出す。私を産んだのは母が39歳のときであったから、当時としては高齢出産であった。

カメラを持って玄関を飛び出したのを見て、とらが後から追いかけてきた。

P6270745001

P6270746001

ナデシコジャパンはオーストラリアを破って準決勝に進出、準決勝の相手はイングランド。過去の試合で敗れてる。

2015年6月26日 (金)

信頼

ある研究機関の調査によると、学者や研究者・自衛隊・裁判官・警察などを、「とても」あるいは「少しは」信頼しているとした人が約65~70%いるのに対し、国会議員を信頼している人は25%でしかないという。

開催中の安保国会で参考人として呼ばれた3人の憲法学者が、安保法制を「違憲」と指摘したのに対し、議員から「学者の意見に従って戦後の行政・政治が行われていたら、日本はとんでもないことになっていた」などと学者を愚者扱いする発言も出たと報じられた。

信頼の無い自分たちの立場を補う目的で読んだ憲法学者を、愚者扱いする自民党政治に対する不信は、深まるばかりだろうし容認できない。

裁判で違憲の判決が出た参議院の格差是正は全く進んでいない。

2015年6月24日 (水)

ジャガイモ

晴天が続き畑の土が乾いたのでジャガイモを収穫する。これまで1株ずつ掘って食卓に載せてきたが、今日は残り全部を収穫した。今年は茎や葉が順調に、旺盛に育ち収量が増えることを期待していた。

計量の結果今年の収量は51kgであった。去年が28kgだから、期待通りの大増収である。

今日はまたトマトを初めて収穫する。今夜の「ためしてガッテン」のテーマは「パプリカ」。今年初めてパプリカを作ってみたが、現在までのところ順調に育っている。

Dscn7868 収穫したジャガイモ

2015年6月22日 (月)

剪定

庭に植えてあるアオギリ・カキの剪定をする。今が剪定の適期なのかどうかは解からない。アオギリは樹勢が旺盛だし、邪魔と思う枝をむやみやたらに切ってしまっても、どこからでも目が伸び出してくるので安心して行える。

カキには現在約50個ほどの実が3cmぐらいに育っている。こんな時期に枝を切っていいのだろうかといささか不安であったっけれど、余りに枝が混雑しているので不要と思われる枝を切った。カキは来年も沢山実をつけてもらいたいので、アオギリのようには行かない。育っている実にできるだけ陽が当たるよう恐る恐る枝を切った。

2015年6月21日 (日)

ハス

悪天候などを理由にこのところ4日間ウオーキングを休んでしまった。夕方に雨が上がったので、とらと出かけた。丁度ハスの花も見ごろではないかと期待したが、昨夜からの雨に叩かれみすぼらしい花ばかりであった。明日の朝は多分きれいな花が見られると思う。アジサイが咲き誇っている。

Dsc_0116

明日22日は夏至。静岡の日の出は4時33分、日の入りは19時04分で日中の長さは14時間31分となり、最長となる。もっとも、22日から24日までは日の出・日の入とも同じ時間が続き、25日以降次第に日の出が遅くなって日中の長さが短くなる。

2015年6月20日 (土)

網戸

ブーンという蚊の羽音で目を覚ます季節になった。冬の間物置に片付けてあった網戸を窓に取り付けることにしたが、如何にも網が色褪せ破れたところも目立つ。どうせ毎日が日曜日なので、自分で張り替えることにした。

ホームセンターで材料を仕入れ、早速取り組んだ。網の目を枠に並行に、しかも網に適度な張りを持たせて張るのが如何に難しいかよく解かった。夕方6時ごろまでかかってようやく3本の網戸を張り終えセットした。網はグラスファイバー製の耐久性のあるものを選んだから、もう網戸の張替えをすることはなかろう。折角体験をしたのだからもう1度ぐらいは役建てたいと思うけれど。

シルバー人材センターの定時総会に初めて出席する。というのも、永年勤続(10年)表彰をしますという連絡があったからだ。今回は47名が表彰された。現役を引退してから、いつの間にか10年以上が過ぎたということになる。

Dscn7866 座敷が張り替えの作業場に

2015年6月16日 (火)

コレステロール

厚労省が定める「日本人の食事摂取基準」が発表された。この基準は5年ごとに改訂され、2015年版では、これまで設けられていた食事で取るコレステロール値の上限が削除された。

体内にあるコレステロールのうち食事から取る分は約20%で、あとの80%は体内の肝臓などで作られる。そのため食事に上限値を設ける科学的な根拠がないとの判断からという。日本動脈硬化学会は、健康な人に摂取制限を設けないことには賛同するが、LDL(悪玉)コレステロール値の高い患者には当てはまらないという声明を発表した。

とらもねずみも、特別健診では毎年コレステロール値が高く、要注意となってそれなりに食事制限に努めてきた。しかしこれからはそんなことを気にしなくてもよいことになる。それでは、今までは何だったのだといいたくなる。これからは食事に神経質になることなく、おおらかに好きなものを食べるようにしたい。

2015年6月15日 (月)

コーヒー

コーヒーをよく飲む人が発症しにくい病気がある、という研究結果が増えているそうだ。何かコーヒー屋さんの宣伝のようにも見える。

コーヒーに含まれるポリフェノールが血糖値を下げ、カフェインがエネルギーを熱で放出させて脂肪の蓄積を減らすため、糖尿病や肝臓がんの発症を抑える効果があるのだそうだ。しかし、飲み過ぎは重い心臓病や腎不全・緑内障などのリスクを高める恐れがあり、カフェインの多量摂取は胎児の発育を悪くする、との指摘もあり要注意といえる。

お勧めの飲み方は、深煎りより浅煎りの豆を使い、砂糖は少なめに、1日3~4杯を目安とすること。ねずみととらの家では、午前10時か午後の3時何れかに、最近はその都度豆を挽きながらコーヒーを淹れ、1日1杯、砂糖なしで楽しんでいる。1日1杯ではポリフェノールが足りないようにも思うが、お茶優先の状況は変えられない。

2015年6月14日 (日)

MERSコロナウイルス

韓国ではMERSコロナウイルス(中東呼吸器症候群)の感染拡大が止まらない。韓国政府の発表によれば、今日(14日)までに145人が感染し、死者は4人にのぼるという。感染者の約1割が死亡するという恐ろしい病気である。

日本でも感染が拡がることはないのか心配になる。韓国での感染の広がりはよく報道されているけれども、では、日本ではどのように対処しているのか、我々はどう対応したらいいのかなどの報道は少ない。それというのも、MERSコロナウイルスの正体が正しく解明されていないためなのではなかろうか。何とも心もとない。

かつて1度は韓国に行ってみたいと思っていたけれども、竹島問題やら何やらで次第にその気が薄れ、今回のウイルス問題から韓国に行く気は全くなくなった。

2~3日前のウオーキングで、蓮華寺池のハスが大分蕾を伸ばしてきたと思ったが、今日は数輪が開花していた。1週間もたてば見ごろとなるだろう。

2015年6月13日 (土)

マラソンコース

マラソンのコースは 42.195km と決められている。その距離をどうやって測るのか、計測の方法が新聞に出ていた。

現在はステンレスのワイヤーを使い、ワイヤーを844回伸ばして測定する。さらに、メーターの付いた自転車3台がコースの最短距離をたどって計測するのだそうだ。万が一距離が1cmでも短いとコースとして公認されない。測定誤差はコースの 1/1,000(約42m)とされている。従って日本のコースは、実測値に約42mを加えて設定されているという。

前回1964年の東京オリンピック当時はステンレスワイヤーがなかったため、50mの竹の棒を約30人がかりで道に繰り返しあて測定したのだそうだ。ご苦労さまでした。

2015年6月12日 (金)

アルベロベッロ

昨日、偶然出逢った方と旅行の話になった。彼は是非ベネティアに行きゴンドラに乗ってみたいという。私は乗った経験があると話したら羨ましがられた。イタリアには2度行き、1度目はフィルムカメラ当時で、2度目は2008年3月である。ゴンドラに乗ったのは1度目のときで、ゴンドラを操りながら、船頭さんが「オーソレミオ(私の太陽)」を歌ってくれた。

今日改めて2度目のときの写真を拡げてみた。地名などはほとんど忘れてしまい思い出せないが、この写真の地名だけは忘れていなかった。それは「アルベロベッロ」。

Dsc_0525 初めて足を踏み入れた駐車場で

Dsc_0543 

Dsc_0545

Dsc_0569

Dsc_0589

Dsc_0558 以上は小路を散策しながらのスナップ かわいい土産物屋さんが並んでいる

Dsc_0565 家の中をのぞかせてもらった 清潔感は漂っているけれど何となく窮屈

Dsc_0577

Dsc_0578 屋上からの眺め

Dsc_0603 とんがり屋根や屋根の上の飾り物・煙突・白い壁などが特徴的

2015年6月11日 (木)

イパネマ

リオデジャネイロを訪れた記者が、有名なイパネマ海岸にあるレストラン、「イパネマの娘」で食事中に体験した事件が記事になった。サイレンを鳴らしながら、パトカーが猛スピードで目の前の交差点を通過した直後、銃声が響き客と従業員は一斉に床に身を伏せた。やがて騒動は治まり、客たちは何もなかったように食事を再開した。翌日の新聞にはこの事件に関係した記事は見当たらなかった。つまり、このような事件は日常茶飯事で、ニュースとしての価値が認められていないのがリオの実情という。

「イパネマの娘」はレストランの名前でもあるが、ビートルズの「イエスタディ」などに次いで世界中で歌われたポピュラーソングの題名でもある。1962年に作曲され、作曲者も作詞者も揃って大変なプレーボーイで、近くに住んでいた美少女「エロイーザ・ピニェイロ」と、作詞・作曲にまつわるエピソードも数多く残っているらしい。

2004年の4月、私もイパネマ海岸に立ったことがあるけれど、もう当時の記憶は薄れてしまった。

2015年6月10日 (水)

My English

Q: What is your dream job?

A: I am going to live long.
   Then I must keep my health and fitness.
   If I can reborn I want to be a florist or natural scientist.

最近英語に取り組んでいる。今日の自問自答。

2015年6月 8日 (月)

特定健診

市の特定健診を受けるよう連絡が来たので、午前中受診する。保健センターに着くと例年通り長い列ができていた。後ろにも続々と列が伸びて行った。1日に300人~400人ぐらい受診するのではなかろうか。それでも10時過ぎには帰宅できたのだから、以前に比べ検査・診察がスムースに進行するようになった証拠だろう。今年から検尿のための尿は自宅で採取し、ポリ製の小容器に入れて持参するようになった。

結果は2~3週間後に判明すると思うが、現在前立腺肥大のため薬を飲んでいる。前立腺がんの検査結果・数値がどう出るか、気がかりの点である。不整脈とか高コレステロールとか、思わぬ事象も出るかもしれない。

長らく愛用していたポケットラジオがついに壊れた。ラジオがないと不便なので新たに購入する。緊急放送が聞けるラジオはないか店員に訊ねると、どのラジオでも聞けるという。問答の末わかったことは、放送を聞いているとき始まった緊急放送は聞けるけれど、スイッチがオフのときスイッチが自動で入る機能の付いたラジオはないという。地震が頻発しているのでそんなラジオが欲しいと思ったけれど買えなかった。携帯電話かスマホを利用してくださいとのことである。

2015年6月 5日 (金)

午前様

今朝の天声人語は、「午前様」という言葉は、もはや死語では、と記している。その根拠は、シチズンホールディングスが4月、20代から50代の全国のビジネスマン400人に聞いた、アンケートの結果にある。即ち、1週間に何日、自宅で夕食をとるか。堪えは平均5.7日だった。毎日自宅で、と回答した人が50%もいた。1990年の調査では13%だから、生活様式がバブルの頃とはずいぶん変化したことになる。(中略)帰宅時間も変わった。金曜日の帰りが遅くなる人が90年には75%もいたのに、今年は35%に。遅いと感じる帰宅時間も、90年には23時が多かったが、今年は21時にまで早まった。総じて暮らしぶりは手堅くなったということだろうか。・・・と結論付けている。

現役時代を振り返って、「毎日自宅で夕食をとった」とは言えないが、「午前様」には縁がなかった。それで現在、健康が保たれているのだろう。

今年も庭にネジバナガ咲いた。愛らしいけれどもなぜかねじれている。

Dsc_0106001_2

Dsc_0103 公園の花ショウブも見ごろを迎えている。

2015年6月 4日 (木)

食欲

とらは時々食欲がないと訴える。特に最近のように暑くなると、その回数が増える傾向にある。私はどちらかといえば雑食系で、好き嫌いは少なく食欲も旺盛なので、とらが食欲をなくして食事の用意をしないことになれば困ることになる。

最近のファミレスはやたらに「食べ放題」が多いけれども、さすがこの歳では食べ放題のレストランに行く気はしない。旅行では休暇村やかんぽの宿をよく利用し、過日宿泊した裏磐梯休暇村の食事はバイキングであった。(休暇村の食事はバイキングが多い)和・洋・中とバラエティに富んだ料理が並んでいるのはいいが、目移りがしてどうしても取り過ぎてしまう。取った以上は全部食べないと申し訳ないような、残すのはマナー違反のような気がして、無理して食べるため夜中になっても胃がもたれることになる。毎回、次は気を付けようと自身戒めているのだけれど。

Dsc_0093 裏磐梯の自然探勝路を約10km歩いた日の夕食。この後デザートなどを追加した。

余談になるが「バイキング」は和製英語で、欧米では buffet style というらしい。

2015年6月 3日 (水)

裏磐梯3

最近各地でクマが出没しニュースになっている。猪苗代駅の観光案内所にも、クマを見た日時や場所を記した貼り紙が何枚か貼ってあり、案内嬢からも「注意してくださいと」話があった。

五色沼自然探勝路はよく整備されているしアップダウンも少なく、高齢者にとっても歩きやすい。11時半ごろ探勝路の終点、磐梯高原バス停に着いた。そこには裏磐梯物産館があり、食堂もあって手打ちそばを注文する。30食限定と書いてあったが、「まだ十分残ってます」とのことであった。歩行中何組かのグループに出会ったけれど、ゴールデンウイークが終わって間もないこともあり、観光客は予想より少ないと思った。

磐梯高原バス停から、桧原湖畔探勝路の入り口長峰舟付バス停までは一般道を歩かなければならない。バスの1区間で1km強の距離だけれど、車やバイクが走っているし日陰も少ないのでなるべく歩きたくないところである。

12時45分、長峰舟付から桧原湖畔探勝路に入る。樹海に覆われた湖畔の路はアップダウンが多く、路面には雑草が生えていて余り人が歩いている気配がない。五色沼探勝路に比べ人気がないようである。事実休暇村に着くまでほとんど人に会わず、キャンプ場の整備をしている人、小舟で釣り(ブラックバスを釣っているという)をしている人を見かけた程度に過ぎない。路の入り口に「クマ注意」の看板が出ていたし、樹海をぬう小路ではいささか心細い感じもした。

トータルで10km近く歩いたのだろうか、2時半に無事休暇村に帰着、ゆっくり風呂に浸かったあと夕食を待った。

Dsc_0065 桧原湖畔探勝路入り口の看板

Dsc_0061 以下3点は桧原湖畔

Dsc_0085

Dsc_0087

Dsc_0089 小路で出合った花の1部 レンゲツツジ

Dsc_0066001 リンドウ?

Dsc_0091001 ミズバショウ

2015年6月 2日 (火)

裏磐梯2

5月26日の記事は、タブレットの訓練を兼ねて書いたもので、何ともまとまりのないものになってしまった。改めて書き留めることにした。

26日の朝はハイキングに絶好の天気で、わくわくしながらバスに乗り込んだ。このバスは休暇村と猪苗代駅を結ぶ送迎バスで、1日2往復している。この日の予定コースは、五色沼バス停でバスを降り、「五色沼自然探勝路」と「檜原湖湖畔探勝路」を通って、歩いて休暇村まで戻る行程。

五色沼自然探勝路のパンフレットには、「どうしてこんなに美しいのか」が大方の感想だ、と書いてある。更にその理由について、「湧出する鉱泉の浮遊物質と太陽光線の関係で、湖によって色合いが異なり、ブルー・エメラルド・グリーンと、森の中で彩と美しさを競いあっている」とも記している。

Dsc_0019 磐越西線の車窓から見た磐梯山

Dsc_0023 最初に出会う毘沙門沼

Dsc_0036 弁天沼 どの沼も独特の色彩を持っていたが、この沼の色が最もよかった

Dsc_0046 森の中のせせらぎ

Dsc_0053 撮影会(青沼だったと思う)

Dsc_0059 柳沼? すでに4kmほど歩いたので沼の名前も定かではない

Dsc_0062 道端の残雪

2015年6月 1日 (月)

自動車税

机の引き出しを開け奥の方をのぞいたら、自動車税の納付書が出てきた。今日は6月1日であることを思ひだし、急いでコンビニに走った。3ナンバーに乗っていた頃に比べ税額は減ったものの、年間で2000kmぐらいしか走らないのだから車は高くつく。それでもまだ免許証を返上する気にはなれない。

過日裏磐梯で、鎌倉から来たという老人と風呂で話をした。1928年の生まれで、毎週必ずぶらーっとどこかの温泉に車で出かけ、2~3泊、あるいは時には5連泊して、週末に帰宅する生活を送っているという。優雅な生活この上なしに違いないが、この年齢で長距離運転を続け、大丈夫なのだろうかと心配になった。補聴器をつけておられたけれど、外見もお元気そうで私などより若く見えたのも確かである。

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »